第24話 魔法の証明
「あの女は誰なんですか!」
ヴェルトがアリッサの指に促されてこちらを見、そして目が合った。
「ヴェルトさんと一緒の部屋に泊まっているあの人。誰なんですか! 答えてください!」
「わ、私……?」
思わぬ方向から矢が飛んできた。よもやこの重い空気に巻き込まれるとは……。
「とんだとばっちりだな、嬢ちゃん」
「うるさい、ガロン。黙ってて」
小声で楽しそうな声をあげるガロンを、私は拳で軽く叩いた。
「ヴェルトさん、あの人と一緒になるのに禍根を残さないようにそんな嘘吐くんでしょ! それ以外に考えられないです。記憶を奪う? 暗示でもかけて何事もなかったようにしたかったんですか?」
泣き顔はいつしか怒りに変わっていた。矛先が私というのが納得いかない。
「あー、あれは」
言い淀むヴェルト。なんて言っていいか迷っているようだ。私は小さく頷いてやった。
「アリッサ。アレはな、あんなんでもこの童話の国の王女だ。リリィ王女」
「はぁ?」
案の定素っ頓狂な声をあげるアリッサ。言い方が少し不服だったけれど、私はアリッサに向けて頷いた。
「初めまして。アリッサ。童話の国の王女、リリィです」
務めて余所行きの声を作る。謁見の間にヴェルトが来た時ですら使わなかったとっておき。春のお祭り以来かもしれない。
「王女がこんなちっぽけな宿屋に来るわけないです! 馬鹿にしないでください。またつまらない嘘を……」
「嘘なんて一つもついてないのに……」
ヴェルトがさらに小さくなった。
アリッサの気持ちもわかる。私自身、何でこんなところにいるんだろう、とふとした拍子に思い返すことがあるぐらいだ。信じられる訳ない。
「薄汚れてるし、言葉遣いも丁寧じゃないし、何より、あのポスターの肖像画のような可憐さも、儚さもないじゃないですか!」
「ぐはっ……」
「こんなポンコツに王女が務まるとは思えません!」
「ぽ、ポンコツ言うな!」
チクリチクリと、細かな針を私のピュアな心臓に突き刺すアリッサ。
わかっている。自分でもわかってるけど、そこまで言わなくてもいいじゃないか!
「ヴェルト、何か言って!」
「ヴェルトさん。はっきりしてください!」
「はぁ……。――わかった。これで納得するだろ」
言うとヴェルトは立ち上がり、ゆっくりと私の方へと近づいてきた。
「へ? な、何?」
「ヴェルトさん!?」
「ひゃっ」
思わず変な悲鳴を上げてしまった。無言で伸ばされたヴェルトの右手は、私に触れる……ことはもちろんなく、私が大事そうに抱えていたキャメロンを掻っ攫っていった。
その行動に食堂の空気がほっと安堵する。
「な、なんですか、それ?」
気を取り直したアリッサが真っ先に聞く。掲げられた黒光りする物体を警戒しているようだ。
まぁ、わかるわけがあるまい。キャメロンを見て、一瞬で何のための道具なのか言い当てられたら、私はその人の想像力を尊敬する。それこそキャメロンで童話の原石など集めずに、童話の国の童話制作師に永久就職をお勧めする。推薦状も書いてやろう。
「これが、さっきの話に出てきた童話の国の魔法具だ」
テーブルに戻ったヴェルトは、アリッサに見えるようにキャメロンを置いた。
「こいつで俺はアリッサの記憶を奪う」
「試してみるって、言うんですか?」
「残念ながらそいつは無理だ」
さすがにそんな無茶はできない。奪った記憶は元には戻らない。ヴェルトもそれはわかっている。
「どうするの?」
私の疑問をヴェルトはキャメロンを叩きながら答えた。
「こいつにはもう一つ、魔法が宿ってるだろ?」
「なるほど」
ガロンのことか。魂という概念もあまり一般的なものではないけれど、少なくとも魔法があるという証明には使える。この際、童話の国の学者様の魔法だろうが、ミヨ婆という得体のしれない魔女の魔法だろうが関係はない。
「おい、ガロン。何か喋ってくれ」
「……何を、言っているのですか?」
アリッサの疑問を無視して、ヴェルトはキャメロンを凝視する。
小さな沈黙。
しかし、いくら待てど、ガロンはヴェルトの声に反応しない。
「あ、あれ?」
ヴェルトに焦りが見えた。
「ガロン。今は話していいよ」
私も二人のテーブルに近づき、膝を折ってテーブルに目線を合わせる。
「いつもはあんなにおしゃべりなのに……」
コツコツと叩いてみる。けれど私の声にも反応しない。
「おい、ガロン。寝てるのか?」
「おーい、ガロン! もしもーし」
「二人とも何をしているんですか? 物が喋るわけないじゃないですか」
高説ごもっとも。端から見たら私たちがおかしな人だ。
この状況、『あひるの王子と砂漠の王者』の冒頭に似ている。あの場面であひるの王子は、砂漠にあった大きな水たまりの話を力説する。しかし再び赴くと、その水たまりはなくなっていた。仲間の反感を買い、王子はその後しばらくの間、嘘つきだと揶揄される。読んでいて苦しい場面だ。
「ガロン。起きて!」
このままでは私たちが嘘つきになってしまう。
「もうやめてください。わかりましたから」
アリッサの目に憐れみが浮かんでいる。目の前で繰り広げられている茶番に幻滅しているのだろう。当たり前だ。
なんとか引き留めなければ! そう思った瞬間、
「がっはっはっはっは!」
キャメロンから下品な笑い声が上がった。
「な、なに? なんですか?」
混乱するアリッサに、キャメロンに宿る魔法は語る。
「残念だったな、お嬢さん。物は喋れるんだ。魔法の力でな」
「……!」
「挨拶なんて柄じゃねぇんだが、せっかくだから自己紹介させてもらおうか。俺はガロン。このキャメロンに宿る魂だ」
口に手を当て見つめるアリッサの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「疑うのは勝手だがな、この二人の言うことはぜーんぶホントだぜ? 童話の国の裏事情も記憶を奪う魔法もな。信じられねぇ話だが、信じるしかねぇ話なんだ。腹くくった方が楽になるぜ?」
ガロンの言葉通り、もうこれで信じるしかなくなった。
アリッサにとって認めたくない現実も、こうして目の前に認識されてしまったのだ。理性で否定しようと頑張っても、感情がそれを認めてしまう。アリッサは一人うなだれる。
そんなことより……。
「ガロン。なんで今返事しなかったの?」
無言を貫いていたガロンを心配して視線を送る。何かとんでもない理由を抱えているかと思いきや、
「そりゃあ、決まってんだろ」
ガロンは悪びれることなく言う。
「その方が面白くなりそうだったからに決まってるじゃ――いでっ」
私は握った拳を、思いっきりキャメロンに叩き落とした。
何が痛いだ。こっちのほうが痛いわ。私の心配返せ。
かくして、私たちはアリッサに魔法を認めさせることに成功したのだった。
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