第23話 あの女誰なんですか!
自室に引きこもったアリッサは、それからしばらく、私たちの前に顔を出さなかった。
私たちの話が与えたショックは私たちの想像をはるかに上回り、ヴェルトの言葉にも女将さんの言葉にもまったく聞く耳を貸さなかった。もちろん、私の言葉など歯牙にもかからない。
「どうしちゃったのかねぇ、この子はまったく。ごめんなさいねぇ、ヴェルトさん。うちの子のために気を遣ってもらっちゃって。出てきたらこってり絞ってやらなくちゃねぇ」
「いえ、ははは。お手柔らかにしてやってください。ははは……」
顔を硬直させて女将さんと話をしていたのが昨日の朝のことだ。
「ガロン、こういう状況を修羅場っていうの?」
「ああ。的確だな、嬢ちゃん」
そんな心がキリキリする膠着状態は、三日目の夜で幕を下ろした。
「……っ!」
目を赤く腫らしたアリッサが、自分から自室のドアを開けて出てきたのは、すでに日付が変わる頃。ヴェルトの呼びかけが、ようやく実を結んだ瞬間だった。
けれど、穏便な空気はない。
ヴェルトの背中越しに見るアリッサは、涙に瞳を潤ませて、今にも泣きだしそうだった。
「アリッサっ!」
「……話、聞かせて、ください」
かろうじて聞き取れるほどの音量でそれだけを絞りだす。
こっそりと自室を抜け出してアリッサに案内されたのは、宿屋の一階の食堂だった。火を落とされていたランプに、アリッサが再び火を灯し、辺りはぽぉっと暖かな光に照らされた。
ヴェルトとアリッサは、私たちの特等席になっている窓際の席に二人で腰かけた。一応関係者であるが部外者である私は、気を利かせて斜め後ろの席にキャメロンを抱えて座る。
静かな夜に、小さな窓から見えるお月様が綺麗だ。
「話して、ください」
アリッサはもう一度そう言った。さっきよりもはっきりと、どこか決意のようなものを感じられる声だ。
二人の間を流れるピリッとした空気が、私の心を刺激する。
告白はヴェルトの一方的な語りとなった。
故郷のこと、歴史の国と教典の国の戦のこと、ヴェルトの旅のこと。以前この街を訪れたあの日、何も言わず去ってしまったこと。童話王から課された責務のこと。ヴェルトの今の旅のこと。そして、アリッサの記憶を奪わなければいけないこと……。
滔々と語られる言葉に、アリッサは下を向いて唇をかみしめていた。ヴェルトの言葉一つ一つが胸に突き刺さる。救いの言葉は一つとしてない。アリッサが求める、かけてほしい言葉を、今のヴェルトは持ち合わせていない。
嗚咽こそ漏らさなかったけれど、そのきつく閉じられた瞳から、清らかな雫がこぼれ落ちるのは止められなかった。
「これが顛末だ」
静かに語り終えたヴェルトはそこで口を閉じた。夜の食堂でアリッサの肩だけが揺れている。痛いほどの静寂に、部外者であるはずの私の心臓まで痛くなってきた。
「……そんなに、私の気持ちを、聞きたくないんですか……」
ポツリとこぼれた小さな言葉は、アリッサの口から漏れたものだった。
「そんな意味もない嘘を吐いて、私を遠ざけて……。魔法? そんな言葉で、騙されるわけないじゃないですか。童話の世界じゃあるまいし!」
「……」
顔を赤くして捲し立てるアリッサの剣幕に、ヴェルトはすぐに言葉を返せなかった。
魔法とは、基本的に学問の国にしかない文化だ。童話の国の王女である私ならばまだしも、宿屋の娘として生まれたアリッサが魔法を信じないのも無理はない。
「信じられないか……」
「当たり前です!」
「これ以上、俺は説明の言葉を持たないんだけどな」
「じゃあ、教えてください!」
バンと机をたたいてアリッサが立ち上がった。そして指をさす。……私に向けて。
「あの女は誰なんですか!」
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