第25話 お二人様限定

 頭を整理させてくださいと、アリッサは立ち上がり食堂を去った。

 ヴェルトが差し出したエスコートも断って、スタスタと自室へと消えていく。私たちは顔を見合わせた後、食堂の火を消してすごすごと部屋へと戻るしかなかった。


 明けて翌日。朝の仕事始めを告げる鐘の鳴る頃、再び引きこもってしまったのではないかと危惧する私たちのもとに、アリッサは自ら顔を出した。


「決めました」


 そう言う彼女の目元はまだ腫れていて、昨日も散々悩んでいたことが窺い知れる。同い年ぐらいの少女がこれほどまでに恋に悩むという現実を、私は複雑な思いで受け入れた。


「ヴェルトさんの決意、故郷を救いたいという願い、すごくヴェルトさんらしいです。自分の身を犠牲にして、それでも叶えようとする姿こそ、私の憧れたヴェルトさんです」


 再び蚊帳の外になった私は、キャメロンを膝に抱えて静かに彼女の決意を聞く。

 ヴェルトは真剣な顔で、無垢な少女の思いを聞いてあげている。


「だから、あげます。私の記憶、ヴェルトさんにあげます。今抱えるこの切なさも、童話にしてください。それでヴェルトさんが報われるなら、私のこの気持ちは救われます」


 務めて笑顔に。アリッサは頑張って笑おうとしていた。その笑顔が痛々しい。見ている私の心まで引き裂かれそうだ。


「大好きな人のために尽くす女って……魅力的だと……思いませんか?」

「ああ、そうだな」

「嬉しいです」


 アリッサはそう言って後ろを向いた。腰の後ろで組んでいる手が、小さく震えているのが分かってしまう。


「だから、私の我儘。一つだけ聞いていただけませんか? 一つだけ。それだけでいいんです」

「いいよ」


 後ろを向いたアリッサから、ふふっと小さな笑い声がこぼれた。

 そして振り返る。回った拍子にスカートがふわりと膨らんで、しぼむ。

 既にアリッサの目に涙はない。覚悟を決めた恋する乙女は、その約束を口にする。


「私と明日一日、デートしてください」


 アリッサはすごくかわいかった。思わず見蕩れてしまうほどに。

 なぜだかそれを、私は羨ましいと思ってしまった。




「お待たせしました!」


 窓から見える海と同じ薄水色のワンピースに、大きな麦わら帽子。帽子と同じ色で編まれた大きなバスケットを提げて、アリッサは登場した。

 ……なるほど。そう言う世界か。私とは違う世界か。


「見違えたよ」

「お上手ですね。えへへ」


 ヴェルトの気遣いは目ざとい。アリッサが欲している言葉を的確に射抜いて口にする。

 まるで童話の中のカップルだ。『鐘の鳴る坂を登る』の幸せだった夏のシーンを思い起こさせる。すべてを語り合い、分かり合った二人が坂を登るシーン。言葉などいらず、ただ二人が立っているだけで絵になる一ページ。想像の中のロイとメリルは、今まさに目の前にいるヴェルトとアリッサで再生される。


「いってらっしゃーい」


 眩しい太陽を浴びて白い街へと繰り出す初々しい二人を、私は頬杖をついて見送った。

 なんだかおもしろくない。けれど、そう思うことはとても罰当たりな気がして、胸の中がもやもやする。


「嬢ちゃんは行かねぇのか?」

「行けないよ」


 首にかけていたキャメロンから、ガロンの声がする。


「だってデートだもん」


 デートは好きな人同士がするものだ。お二人様限定だ。外野の入り込む余地などない。


「別にいいんじゃねーか? あの二人がどんな会話してるのか興味あるだろ? こっそりついて行ったってバレやしねーさ」

「ガロン、そう言う人のこと、なんて言うか知ってる?」

「心配性、だろ?」

「お節介、って言うんだよ」


 はぁーと溜め息を一つ。このまま頬が溶けてテーブルと同化してしまわないだろうか。


「何も好奇心でついて行けって言ってんじゃねーぞ? あの長身モテ男はあろうことか、俺様を置いてきやがった」

「そりゃ、置いてくよ」


 出歯亀する気満々のよく喋るキャメロンなんて、二人の神聖な雰囲気には不要だ。それがしわがれたおっさんの声ならなおさらである。


「いや、そうじゃねぇって。俺様を置いて行ったら誰があの娘の記憶を奪い取るんだ?」

「……あ。ああ」


 楽しそうに語られたデートプランの最後には、最高のシチュエーションでヴェルトに記憶を消されるというシーンも含まれていた。悩み抜いた末の選択なのだろう。


「童話のような一ページを過ごしたって記憶を、ヴェルトさんが忘れないようにです」


 と、彼女は語っていた。その発言まで含めて童話チックだ。ヴェルトの責務、そして童話で成り立つ童話の国の繁栄を心から願うなら、こんなに輝く原石もない。

 だからだろうか。アリッサは雰囲気を重視するあまり、キャメロンの魔法という存在を完全に忘れていた。


「童話の完成度を上げてぇなら、嬢ちゃんがアシストしてやりゃあいいんじゃね?」


 なるほど、と、ガロンの言葉に納得してしまった自分がいる。

 結局、私の心は決まっていて、口ではああ言いつつも、どうしようもなく気になるのだ。気になってしまうのだ。気に食わないことに。


「しょうがないなぁ」


 私は不承不承に立ち上がると、大きく伸びをして体をほぐした。


「さて、気を取り直して、お父様のためにお仕事開始!」

「いざ、出歯亀へ! ――いでっ」

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