第14話 ボロ屋敷に住む魔女

「ほわぁー」


 目の前に再び広がる夢の世界! 商店やテントにあふれる童話の山!

 童話たちが私を呼んでいる!


「二度も同じ反応するなよ」

「あいた」


 目を輝かせて棒立ちになった私の背中をヴェルトが小突いた。


「昨日あれだけ見て回ったじゃないか」

「でも、買わなかった」

「ほしいものがなかったんだろ?」

「悩んでただけ。今から買い物でしょ?」

「童話は含まれん」

「ケチ」


 こういう頑ななところは、なんとなくグスタフと似ていると思う。笑みを浮かべて私の我儘を否定するからかな。

 私が老齢執事と粗野な旅人との違いに思いを馳せていると、いつの間にかヴェルトの声が消えていた。立ち止まって振り向くと、昨日と同じように雑踏に鋭い視線を送っている。


「ヴェルト?」

「ん? ……あぁ、悪い。ぼーっとしてた」

「なんかあった?」

「何もないと、いいんだがな……」


 目を凝らしてみても、活気ある童話市があるばかりで、私には不審な点は見受けられない。


「気のせいだ。行くぞ」


 しっくりこない不安を抱えつつも、私たちは手早く買い物を済ませた。一週間分の保存食に簡単な着替え、生活用品と、ヴェルトは慣れた手つきで買い込んでいく。


「で、だ。あと一か所寄りたいとこがあるんだが……」

「ん?」




 連れてこられたのは一軒の廃屋だった。

 お城と比べると霞んでしまうけれど、屋敷と呼べるほどには大きく立派だった。

 ……それが綺麗に手入れされて、人の痕跡があったら、だけれど……。


「リリィ、お前今、廃屋だと思っただろ?」

「えっ!? 違うの?」


 心を読まれたことも驚いたけれど、ここが廃屋ではないと言い張るヴェルトにびっくりした。どう見ても時代に取り残されている。

 朝はお城の陰に、昼過ぎからは西にある大きな山に遮られ、日がほとんど当たらない。崩れた塀の表面はひんやりと冷たく、そこかしこが苔むしていて、全体的にジメジメとした空気が鬱積していた。活気ある童話市からは想像もできない場所だ。

 私は思わずヴェルトの大きな背中に隠れた。


「安心しろ。俺の知り合いの家だ」


 服の裾を掴んで震える私の背中を軽く叩いた後、ヴェルトは屋敷に向かって声を張る。


「邪魔するよ」


 扉もないのでノックもしない。暖簾でもくぐるかのように、垂れ下がる植物をかき分けて中へと入ると、わずかだが、人のぬくもりを感じられた。


「だ、だれ?」


 凛と高い子供の声が玄関に響く。薄暗い視界の先、声の主はすぐに見つかった。

 屋敷を支える太い大黒柱から、小さな女の子がこちらを覗いている。年は十歳ぐらいだろうか。突然の来訪者に怯えているようにも見える。


「俺だ。ヴェルトだ」

「ヴェルト!」


 女の子はぱぁっと顔を明るくした。そして廊下の奥に向かって大声で叫ぶ。


「おばあちゃ! ヴェルト来た!」


 とてとてと、小さな足音を立てて廊下の奥に消えていき、戻ってきた少女の手には、しわしわの老婆の手が握られていた。


「これ、カグヤ。引っ張るでない」


 紫のマント、くたびれて先が折れたとんがり帽子。年季の入った樫の木の杖。

 手を引かれて現れたのは、どこからどう見ても魔女としか表現ができない老婆だった。


「また厄介事を持ってきたね、ヴェルト」

「そう言うなって、ミヨ婆」


 老婆の目が薄く引き伸ばされる。

 なんだか不気味だ。私はその奇抜な格好と人を食ったような視線に委縮してしまったけれど、ヴェルトは物怖じせずに肩をすくめた。まるで旧友と語らうように、ミヨ婆と呼んだ魔女に笑いかける。

 年齢は半世紀ほど違うだろうに、ヴェルトはミヨ婆と対等に話す。もしかしたら『あひるの王子とネコ娘』に出てきたネコ娘の母親のように、千年魔女によって、老婆になる呪いをかけられてしまったのかも。……いや、ないか。それはさすがに妄想のし過ぎだ。


「ちょっと、珍しいものを手に入れたから見てもらおうと思ってさ」

「ほう。――立ち話もなんだ。おあがり」


 そう言って、ミヨ婆はちらりと視線をずらす。


「おや? お前は、イートハヴの娘、リリィ王女じゃないか。こんな薄汚い場所に何の用だい?」

「あ、いえ、私は、リリィ王女じゃなくて……」

「いっひっひ。嘘が下手だねぇ、王女様。どれだけ賢く嘘を吐いても、あたしの目は誤魔化せはしないよ」

「えっと、えっと……っ!」


 予想外に正体を見破られて、上手い言い訳が浮かんでこない。

 なんで!? 私が王女だってバレることはないと思っていたのに!


「俺の旅の連れだ。いじめんなよ」

「ほう」


 魔女の目が鋭くなる。やっぱり不気味だ。積極的にかかわりたいとは思わない人物だ。

 私はヴェルトの後ろに隠れて魔女特有の引き笑いをやり過ごす。


 通されたのは異質な部屋だった。

 もとは応接室だったのだろうけれど、とにかく散らかっていて足の踏み場もなかった。

 高く積み上げられた本棚、金魚鉢に飾られた大きなバラ、よくわからない動物の標本、異様な匂いを漂わせる水槽、大切に飾られた宝剣など……。空間的にまとまっていないだけでなく、その多様性も凄まじい。お城にある倉庫からガラクタばかりを集めてきてもこんな部屋は生まれない。この魔女が意図して生み出したに違いない。

 かろうじてあったスペースに私とヴェルトが勧められ、魔女のミヨ婆は向かい側の椅子に座った。カグヤと呼ばれた女の子は魔女に付き従い、その隣にちょこんと座る。時折目が合って慌ててそっぽを向く仕草も無性にかわいい。


「これなんだけどさ」


 私がほわほわした気分を味わっている横で、ヴェルトは勝手に話を進める。

 取り出したのは童話の国の秘密、魔法具キャメロンだった。

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