第15話 協力の対価

「あっ」


 と、思った時には既に遅い。


「それ、記憶を盗む魔法の道具なんだ。童話の国が童話の原石を集めるために設えた物らしい。縁あって俺が預かっている」


 粗野な旅人は、童話の国の秘密すべてを簡潔に話し切ってしまっていた。


「あー! あぁーっ!」

「うるさいぞ、リリィ。ミヨ婆と話してるんだ」

「う、うるさいじゃない。何話してるの!」


 なんで私が怒られるんだ。怒っているのは私の方だ!


「それは童話の国の秘密なのに! 墓まで持っていかなきゃならない極秘中の極秘なのに!」

「そんなこと、童話王は一言も言ってなかったぞ?」

「そ、それは、確かに、そうだけど……」


 童話の国の良質な童話は、旅人の記憶を奪い取って作られている。

 この秘密を童話の国の民が聞いたらどう思うか……。問うまでもない。民の信頼は失墜し、他国からは嘲笑される。お父様が作り上げた童話の国という世界が、いとも容易く崩れてしまう。

 私がそれを見過ごすわけにはいかない。


「ヴェルト、今すぐこのお婆さんの記憶を奪い取って! 噂が広まる前に!」

「物騒なこと言うなよ、リリィ。まあ、座って話を聞け」

「一大事だから! その話漏れたら一大事だから!」

「落ち着けって! この魔女は国を貶めるようなことはしないさ。それは俺が保証してやる。それどころか、俺はミヨ婆に、この旅の協力をしてもらいたくて来たんだからな」

「協力?」

「そうだ」


 力強く頷いた。

 私がヴェルトを信用しているように、ヴェルトはこの魔女を信用している。絆、繋がり、……それはつまり思い出だ。私たちが奪うものであり、私たちの間にはまだ少ない物。


「……わかった。ヴェルトが信用するなら、いいとする」

「おう」


 今度の笑顔は、私を安心させようとする笑顔だった。


「すまん、ミヨ婆。話が逸れた。キャメロンの話だ」

「事情は察したよ。――キャメロンねぇ……。そんな魔法、見たことも聞いたこともない」

「そうか。やっぱり童話王の秘蔵のコレクションなのか」

「記憶を消すと、言ったかい?」


 ミヨ婆はつばの広いとんがり帽子から、片目だけでこちらを覗く。


「正確には、俺の記憶だけを向けた相手から奪い取る魔法だ。特徴としては……」


 淡々と、ヴェルトはこれまでに実験したキャメロンの特徴をミヨ婆に聞かせていった。その中にはもちろん、キャメロンを持つに至った経緯も含まれているわけで、聞いているだけの私としては、大変耳が痛い。

 ヴェルトの話が終わると、ミヨ婆はゆっくりと頷いた。意味を理解していないであろうカグヤの頭に、そっと手を乗せ丁寧に撫でる。


「で、あんたが知りたいことはなんだい?」

「閉じ込めた記憶をキャメロンの中からどうやって取り出すのか。それを知っておきたい」


 ヴェルトはミヨ婆の瞳をまっすぐに見つめる。私が口を挟む余地はない。


「なるほどねぇ……。こんなとんでもない魔法を手に入れて二日目で、あんたがそんなことを知ろうとしているってことは、何か思うところがあるんじゃあないかい?」

「思うところがないと依頼しちゃダメだったか?」

「ふん。小生意気だね」


 深くしわの刻まれた頬が、にぃっと持ち上げられた。


「いいだろ。調べといてやるよ」

「恩に着る」

「ただし。当たり前だが、対価を払いな」


 魔女の顔が一層真剣になる。

 対価? 対価ってなんだ?

 そうさねぇと、ミヨ婆はしばし考えた後、右手の人差し指を突き出す。

 しわしわになった指の先の長い爪が、キャメロンを通過し、ヴェルトで止まる、……こともなく、スーッと弧を描いて私を指差す。


「その子がええな。ヴェルトや、情報の対価にその子をおくれ」

「はい?」


 意味も分からず、私は首を傾げる。


「ああ、いいぞ。ミヨ婆の頼みじゃ断れん」

「ええ?」

「ちょうど実験体が一匹逃げ出しちまってね、困っていたんだよ」

「好きに使ってくれ」

「ひぃっ!?」


 い、いや、ちょっとっ!

 とんとん拍子に話が転がっていく。肝心の私の悲鳴は誰も聞いてくれない。


「……っ! ……。……っ!」


 私は王女だ。こんな魔女に使われる覚えはない。いくらヴェルトの頼みだろうと、私はここで旅をやめるわけにはいかない。童話の国の王であるお父様の命令でもあるし、お母様の遺言でもある。この旅は私にとって重要な意味を持っているのだ! こんな魔女ごときに屈しない。実験体なんて冗談じゃない!

 抵抗の意思を示そうと、私は目いっぱい怒った顔を浮かべて、ミヨ婆を睨みつけた。

 その顔を、笑われた。


「はーっはっはっはぁ!」


 曇り空を吹き飛ばすように豪快に、老婆とは思えない大きな声でミヨ婆は笑った。ヴェルトもつられて苦笑をこぼす。

 敵意を向けた私の怒りは、その行き場を失ってしまう。


「冗談だ、リリィ。本気にすんな」

「……冗談?」

「ああ。緊張してるみたいだったから、からかってみたくなった」

「……っ。んーっ! もぅ!」


 その爽やかな笑顔が私の怒りを増大させる。

 私の心配と不安と決意を返してほしい。びっくりしたわっ。

 ……けれど、まぁ、緊張をほぐそうとしてくれた気遣いだけは評価してやらんでもない。嘘吐いたことで相殺して、プラスマイナスゼロだ。


「いっひっひ! ――なに、そんな無茶な注文はせんよ。魔女の印象が悪くなってもかなわん。私が要求するのは、ただ一つ。お前さんらに使い魔を付けさせておくれ」

「使い魔、というと?」


 私の怒りは収まっていないけれど、彼らは話を先へ進める。


「ヴェルトの依頼を調べるついでの情報収集とでも思っておくれ。なに、口は悪いが旅の邪魔をするような奴ではない。――もっとも、二人の仲を邪魔するぐらいはするかもしれんがね。ひっひっひ」

「なんだそりゃ。ネコか? ネズミか? それとも、イメージ通りに蝙蝠か?」


「人間だよ」


 変わらない口調でミヨ婆は告げる。

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