第6話 童話問答 その3

「我が娘、リリィをどう思う?」


「……は?」

「じゃから、おぬしの目から見て、儂の娘はどう映っているかと聞いておるのじゃ」

「どう、と言われましても……。お美しく聡明で、それでいて芯の通った方だと思います」

「ほっ。そうか、そうかそうか!」


 ……いや、何この質問。罰ゲーム?


「して、リリィ」

「は、ひゃい?」

「お前は、その……、この旅人についてどう思う?」


 さっきと逆の質問。お父様の目は空を泳いでいた。まるで悪戯が見つかった子供の用に、恐る恐る私の反応を窺っている。……なんか変だ。


「どうって言われても……」


 私は童話以外に興味がない! どこの誰とも知らない人間に抱くような余分な感情は持ち合わせてはいない!

 とは、口が裂けてもこの場では言えないので、仕方なく表面を取り繕った褒め言葉を返すことにした。


「誠実な人だと思う。村のために自分の身を犠牲にするなんて忠誠心を持っている人、そういない」

「うむ!」


 これも王女のたしなみである。私の答えに、お父様は大変満足そうだ。


「では、ヴェルトよ。第二の責務を言い渡す!」


 嫌な予感がする……。今の二つの質問が前提で出てくる内容に、楽しい想像ができるはずもない。

 お父様は椅子から立ち上がり、童話の国の民の一員となった旅人に向かって言い放つ。


「おぬしのこれからの旅路に、わが娘リリィを共にせよ!」

「……え?」「はい……?」


 茫然と、私はヴェルトを見つめた。ビー玉のように綺麗な瞳がこちらを見つめていた。


「ちょ、ちょっと。ちょちょちょちょっと待って、お父様っ!」

「なんじゃ、リリィ」

「な、なんじゃじゃじゃない!」


 どうしてお父様はこんなに冷静なのだ! 今の発言はどう考えても、王女の私をこの得体のしれない男と旅をさせるという風にしか取れない!


「……童話王、それは俺が、いや私が、姫君を連れて旅をするってこと……ですか?」

「いかにも!」


 いかにも、じゃない!

 旅なんて冗談じゃない。童話の世界じゃあるまいし、突然訪ねてきた旅人においそれとついていく王女がどこにいる!?  そもそも、旅に出てしまったら、私はいったいどこでどうやって童話を読めばいい!?

 私の平和円満王女万歳童話三昧自堕落ライフが崩壊する……!


「異論ないな?」

「私は、もちろん、異論などございません」


 いや、ござれよ。ござってよ。なんでさらっと王女と旅しようとしてるんだ。恐れ多いわ。


「私は嫌です、お父様!」


 今の生活を守るため、王女はなけなしの勇気を奮う。


「理由を申してみよ」

「えっと、私は王女です。王女は城にいるものです」

「発想が乏しいのぅ。儂は王女として見識を広めるために、外の世界を見て来いと言っておるのじゃ」

「うぐ……」

「反論はそれだけか?」


 理由、理由……。ダメだ。童話しかない私には、このお父様を言い負かせる理由が思いつけない……。


「それにじゃ、これはデイジーの頼みでもある」

「……お母様の?」

「お前が童話の国を継いでしまったら、もうこの土地を離れることは叶わぬ。儂が治めるうちに世界を見てくるのじゃ。国を治める者、民の声を聴かずして何が王じゃ。デイジーはよく儂に言っておった」

「……」


 私の知らないお母様の言葉。世界を見てこい……か。


「……わかった。けど、一つだけお願いを聞いて、お父様」


 仕方ない。今のお父様を私は説得できそうにない。お母様の名前を出された時点で勝敗は決したのだ。

 だから、私が思う最低限度の文化的な生活だけは保障してもらおう。


「私がこの国のどこにいたとしても、『あひるの王子』シリーズの最新刊を私に届けて!」


 それが条件だ。

 誰もが茫然と口を開けていた。そんな中でグスタフだけが肩を落として首を振っている。

 あれ? 私が言った事おかしいかな?


「お前は変わらんな。よかろう。――これにて、湖の村の使者ヴェルトと童話の国の交渉を完了とする。ヴェルトよ、おぬしが責務を怠らない限り、我が国は全力で湖の村を擁護しよう」


 ありがとうございますと首を垂れるヴェルトの顔が、ちらりと視界に入る。その顔からは何を考えているのか読み取れない。お荷物が増えたと思っているのかもしれないし、やったぜ玉の輿、なんて考えているのかもしれない。


 見ず知らずの男と二人旅……。ああ、どうやって接していけばいいのだろう……。

 どれだけ探しても童話のような高揚感は見出せず、なんちゃって王女である私は死刑執行の宣言を待つ罪人の気分だった。

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