第5話 童話問答 その2

「お引き受けいたします、童話王」


 その姿は、ちょっとだけだけれど、童話の中に出てくる主人公のように輝いて見えた。


「気に入った!」


 お父様は再び笑った。その一言で謁見の間に沈殿していた重い空気がぱぁっと晴れる。

 本日二度目の「気に入った」。一度目よりも、お父様の機嫌はよさそうだ。


「はっはっは。まったく大した青年じゃ。儂の威圧にも怖気ずく事のないその姿勢、この童話王が認めよう」

「は、はぁ。ありがたき、お言葉……」

「もうよい。堅苦しいのは先ので終いじゃ」


 お父様の豪快な笑い声に、ヴェルトの表情もちょっとだけ和らいだ。

 仕事一筋、次点で娘。それ以外のことには興味を示さないお父様が、会ったばかりの旅人に笑顔を向けるなんて……。なんだか少し悔しい。

 それでも、私は納得いかない。お父様のやろうとしていることはどう取り繕っても非道徳的。

 結局これは、童話の国が長年隠して来た恥部なのだ。私を、童話の国の民衆を、他国から童話を買い求めるファンのときめきを、お父様はこんな薄汚いやり方で作り上げていた。他人の作った思い出を、弱みに付け込んで奪い取り、その原石を磨き上げて物語を作る……。そりゃあ、次から次へと面白い話ができるわけだ。なんて言ったって、すべてノンフィクションだったのだから……!


「お父様っ!」


 童話一筋、次点でお父様。序列三位にグスタフとお母様を入れて、それ以外には興味のない、お父様の娘の私だけれど、この話は納得できない。

 気が付いたら椅子を蹴飛ばして立ち上がっていた。


「どうしてそんなことをするの! ここは童話の国。優秀な童話制作師様がいっぱいいる。わざわざ記憶なんて奪わなくてもっ!」

「リリィ……。覚えておくがよい。この世には童話の大敵が存在する」

「敵?」


 お父様は静かに目を閉じた。その顔には、ついに言わなければならない時が来たのか、という諦めにに似た感情が浮かんでいた。


「……マンネリ、じゃよ」

「まん、ねり……?」


 不思議な響きの言葉だった。異国のものであろうその言葉を、私はゆっくりと咀嚼する。


「な、なに? その、まんねりって?」

「民が童話に求める心の声、じゃ」

「ん?」


 簡単な説明だったはずだけれど、童話に汚染された残念な私の頭では、その短い一言を理解できなかった。首をひねる。


「リリィ、おぬしは童話に何を求める?」

「面白さ、楽しさ。高揚感や悲壮感。現実ではなかなか味わえない感動」


 私はすらすらと答えた。

 今度の答えはお気に召したようだ。私の答えに頷き、お父様は続ける。


「面白いものを求める。読み終わったらまた面白いものを。読み手は常に新しいものを求め続ける。一方で、現実はどうじゃ? 日々代り映えはしない。代り映えのしない日常で、童話制作師たちが話を作り続ける……。物語は停滞するのに、要求ばかりが声を大きくする。齟齬は次第に大きくなり、ギャップは不満を生み、娯楽は崩壊する。これが、マンネリじゃ」

「……」


 そんなこと、考えたこともなかった。

 私の周りには常に楽しい世界が溢れていた。生まれてこの方、童話に飢えたことはない。

 でも、誰かが面白い話を書き続けなければ、この極楽は維持できない。

 童話の原石はそんな簡単に手に入らない。考えてみればその通りだ。ほぼ一年中城から出ない私に、ほら童話を書いてみろよと言ったところで、面白い話は到底書けない。


「はっはっは。読み手とは勝手なものよのぉ」


 ダメだ。こんな話を聞いてしまったら、童話を純粋に楽しめなくなってしまう。


「儂はこの国を発展させ、維持するために全力を尽くす。それだけじゃ。……安心しなさい。作られた童話は楽しまれてこそ意義がある。リリィは、ただ心躍らせて楽しめばいい」

「……わかった」


 認めるしかない。悔しいけど、残念だけど、それが事実なんだ。

 童話しか読まない私でもそれぐらいはわかる。


「湖の村のヴェルトよ。おぬしに課すもう一つの責務じゃが……」


 お父様は、再び話題を戻しにかかる。

 そういえば、あまりの衝撃に忘れかけていたけれど、お父様は二つの要求をしたのだった。


「その前に、おぬしに問い質せねばならんことがある」


 お父様はちらりと私に視線を送って、ヴェルトを見る。なんだかさっきの威厳ある態度とは打って変わって、そわそわしているように見える。気のせいかな?


「その、なんじゃ……。おほん。ヴェルトよ、率直に聞く」


 私は次の言葉を待った。

 が、その直後、待たなければよかったと後悔した。



「我が娘、リリィをどう思う?」

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