単調なミライと鮮烈なイマ
サイドワイズ
個性
「だー!終わらねえ!」
俺---奥井陸(おくいりく)は数学の宿題を忘れた罰として、放課後に居残りをさせれていた。
「なんなんだこの連立方程式って!生きていくのに役に立つのかよ!」
時刻は午後5時30分。授業が終わってから既に1時間数学の問題と格闘している。
しかし、複雑怪奇な数式の前に不真面目な俺の頭は成す術もなく、いまだに半分も終わっていなかった。
積りに積もった俺のイライラはついに頂点に達した。
「もう宿題なんか知らねー!帰る!」
筆箱やらプリントやらを雑に鞄に放り込み、教室を出ようとした。
「ねえ、個性って何だと思う?」
あまりに唐突だった。
蒸し暑い日の放課後の事だ。
無口で大人しい加藤の口からそう質問された。
(は?なんだ急に)
難解の課題を睨みながら聞き返した。
最初は聞き間違えかと思った。
「俺に聞いた?」
あんまりにも小さな声だったので思わずぶしつけに聞き返してしまった。
それほど小さく、か細い声だったんだ。
「うん」
窓際に座っている加藤はこっちを見ようともしない。
頬杖を付いて外を眺めている。
外からはグラウンドで練習に励む、野球部のむさ苦しい声が聞こえていた。
「コセイってのは、その人らしさとか、その人の特徴って意味だろ」
思いついたまま答える。おそらく誰でも答えられるような単純な事だろう。
「そうだよね。大体の人はそう思うよね」
残念そうな、しかしなんとなく嬉しそうな声で加藤はつぶやいた。
そしてようやくこちらに顔を向けた。
「個性はね、きっと、許されて認められる物なんだ」
少し寂しげに加藤は微笑んだ。
「なんだそれ」
開いていた窓から吹いた生暖かい風が、加藤の長い髪の毛を梳かした。
髪を押さえながら加藤は続ける。
「誰にでも個性はあるんだよ。
でもね、それは人に認められて許されるまでは自分にとってだけの個性なの」
「自分だけの?」
「そう。そんなのは特別でも何でもない。でも世の中には個性を認められてる人がたくさんいる。そういう人と、そうでない人の違いってなんだと思う?」
「そんなの分かんねえよ」
「それはね、能力の有無、人の役に立つかどうか。
嫌な性格の人でもテストで毎回100点を取るような人を誰も馬鹿にしない。
成績が悪くてもお話ししてて楽しい人ならたくさんの人に好かれる。
逆に、どんなに優しい人でも能力が低かったらただの優しい人」
加藤がこんなにたくさん喋るとは思わず、俺はあっけにとられていた。
加藤は成績が良くて引っ込み思案などこにでもいる女の子だ。
友達はいるみたいだけど、休み時間はいつも本を読んでいるか外を眺めている。
人形のように整った顔と艶々とした黒髪と大人びた表情が特徴で、密かに憧れている男子もいる。
......実は俺もその一人だったりするわけだが。
「でもさ、そんな考え方は寂しすぎないか?そんなこと言ったら個性がないやつばっかりってことになるじゃないか」
いつも大人しい加藤がこんなことを考えていたなんて意外だった。
「そうね。きっとそうなんだと思う。でもみんな生きてる。自分や日常の軽さと下らなさを必死で見ないようにしてる」
「なんでだよ」
自分の根っこが否定されてる気分になりつい口調が荒くなる。
だってそうじゃないか。朝起きて学校に行ってだらだらと授業を受けて友達と下らない事で盛り上がってテストで一喜一憂して、加藤を遠くで眺めて。
そんな俺の日常は確かにありふれているし、特別でもなんでもないんだろう。
だけど、それをずっと思っているなんて辛すぎる。
「でもね、大人たちはみんなそうやって生きてる。今日生きたから明日も生きるの。
あるいは守らないといけないものを守るためにね」
「守らないといけないもの?」
「例えば歳を取った親とか、自分の子供とか」
「じゃあ大人はただ淡々と生きてるっていうのか?」
恐らく加藤の言う事は正しい。
でも....そんなことは認めたくない。
机にそっと置かれた加藤の小さくて白い腕を掴む。
憂いを帯びた表情で虚空を見ていた加藤の顔が上がる。
そこに浮かんでいる表情は、感情は恐らく新鮮で瑞々しい物だろう。
「お前も俺も、日々をなんとなくで生きる大人になるかもしれない。
だけど、俺たちはまだ子供なんだ。子供には今しかない」
「え......?」
加藤の手を引きながらゆっくりと教室を出る。
抵抗されると思ったけど、加藤は意外とすんなりと付いてきた。
きっと何がなんだか分からないんだろう。
「行こう。子供は惰性じゃなくて、今を精いっぱい生きるべきだ」
「ど、どこに?」
「どこでもいいさ。ここじゃない場所。息が詰まらない場所、今を思いっきり感じられる場所ならどこでもいいさ」
さあ行こう。
淀んだ未来ではなく、眩い輝きが満ちた世界へ。
単調なミライと鮮烈なイマ サイドワイズ @saidowaizu0973
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