少年と魔女の物語(仮)3
いつもと同じ重い足取りで、学校へ向かう。
教室に足を踏み入れた時にいつもより人が少ないとは思ったものの、気にせずに自分の席で本を読む。
人が少ないと感じた僕の感覚は間違っていなかった。
昨夜、肝試しをした男子たちは全員学校に来なかった。……僕以外。
だから、僕が注目されるのも必然で。
「ねぇ、昨日肝試しに行った男子の中で、帰ってきたのって君だけなんでしょ? すごいね!」
「君って頼りになるんだね!」
僕の事を何も知らないくせに、調子のいい女子たちが話しかけてくる。
というか、僕は別に森に入ってないし。男子たちに置いていかれた人間だし。なんでそんな話になっているの?
相手にするのも面倒くさいので、僕は無言を貫く。
「…………」
「照れなくてもいいんだよ?」
「でも、黙ってるのもカッコいい~」
……馴れ馴れしい。落ち着いて本も読めないじゃないか。僕の事を昨日までは無視していたのに。
まぁ、そのうち飽きるだろう。長続きする噂なんてないから。
彼女たちが飽きることはなかった。翌日、誤解が解けたからだ。
学校に来なかった男子たちは、なぜ休んでいたのかも分からないくらい元気だった。
「ねぇ、本当は森に入ってないんだってね?」
「なんで否定しなかったの?」
「性格最低じゃん。心底嫌いになったわ」
男子たちに事の顛末を教えてもらった女子たちが、そんな言葉を吐いた。
「いや、君たちが勝手に勘違いして……」
一応言い訳を試みるも、それを最後まで聞く人はいなかった。
「言い訳とかいらないから」
「そうやって私たちの所為にするんだ。ホント性根腐ってるね」
昨日まで僕に向けていた賞賛の視線はどこへ。棘のある――否、嫌悪と毒と棘しかない視線だけを残して、彼女たちはいつものように僕以外の男子にまとわりつく。
あんな女子に好かれていいことなんてない。嫌ってもらった方が断然いい。嬉しくなんてなかったじゃないか、と言い聞かせてみるものの、僕の心の中は虚無感で満たされる。
独りが独りになっただけだ。何も変わらないじゃないか。ちょっと認められたからって、寂しいなんて……。
だが、一度思ってしまったことは簡単には消えてくれないのだ。それどころか、僕はこの虚無感を顔に出してしまったらしい。
「君はあんな女子たちに弄ばれても平気な顔をすると思っていたのに」
少しきつい目をした女子――確か、勉強がよくできる子だった気がする――が、僕を見下ろすようにしてそう言った。その言葉は僕への毒と、彼女の言う「あんな女子たち」への毒が含まれているようだった。
「君はいつも、一人で本を読んでいるじゃない? 誰かに媚びていなくて良い人だなと思っていたの。でも、さっきの表情は何? 絶望しきった顔をして」
彼女はどうして全てを悟ったような口ぶりで話すのだろう、なんて考えていると、彼女は自分の言いたいことを言い終えたらしい。
「やっぱり、君も他の人と同じなんだね」
そう言い放って僕の元を去った彼女は、始終僕を見下ろしたままだった。
僕は、特別なんかじゃない。どこにでもいる普通の男の子なはずだ。いや、普通の男の子はもう少しうまく、人と付き合うことができるものだろう。世渡りが下手なごく普通の男の子、というのがきっと正しい。
他人に媚びていない訳じゃない。媚びる相手に近づけないだけだ。……もしかしたら僕は「誰かに媚びる」という行為を嫌悪しているのかもしれない。
でも、それが他人とは違う理由にならないだろう?
なんて思ったって、口にでるのはこの一割にも満たない。さっきなんて、僕は一言も喋れなかった。
もう少し僕が強かったら、特別だったら思ったことを恐れずに口に出せるのだろうか。僕の言ったことで誰かが傷つくなんて考えちゃいない。僕の言葉がそんなに他人に影響を与えるはずがないから。ただ、的外れなことを言って排斥されるのが怖いのだ。
もし僕が強かったら――。
誰も弱い人なんて必要としない。だから、僕はきっと誰にも必要とされないのだろう。弱い人は誰の役にも立ちはしないのだから。誰かに必要とされるには、強くならなければいけないのだ。
本当に必要とされないのだろうか。
僕の周りの「大人」と呼ばれる年齢の人は皆、口をそろえて「強くなりなさい」というけれど、本当に強くならないといけないのだろうか。そもそもそんなことを言う人は、どうやったら強くなれるのか知っているのだろうか。
今僕が提起した問いの答えが全て「当然」ならば、僕は誰にも必要とされないし、役に立たないし、誰にも認めてもらえない弱い人なのだろう。
誰かに認めてもらうなんて、そんな感情、忘れてしまった……。いや、忘れていない。僕はきっとまだその感情を憶えているはずだ。
だって、この前肯定してくれた人がいたのだから。嗚呼、もう一度彼女に会いたい。
学校が終わったら、森へ行こう。
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