少年と魔女の物語(仮)4

 一切手加減ない日が照り付ける。風はない。まだ夏ではないというのに、今日はやけに気温が高い。

「モーナ……」

 暑さのせいだろうか。喉からは乾いた声しか出ない。


 ふと、今までの空気を一掃するかのように柔らかい風が吹いて、僕の髪を揺らした。

 木の葉が風に乗って僕の目に当たりそうになったから、反射的に目をつむる。

 目を開けた時、そこには白銀の髪が風になびいていた。

「呼んだかしら?」

 微かな笑みを浮かべて、少女は言葉を紡ぐ。

「来てくれて嬉しいわ。……今日はどんなお話をしましょうか?」

 彼女の大人びた声色が、それに似つかわしくない容姿が僕はとても好きだった。

「な、なんでもいいよ……」

 話したいことがない、といえば嘘になるが、「なんでもいい」というのも事実だった。僕はモーナに会えるだけでいいのだから。認めてもらえるだけでいいのだから。

 モーナなら、きっと僕をまっすぐに見て話してくれる。

 根拠のない自信が安堵となり、僕を満たす。


「じゃあ、私は君の話が聞きたいわ。何か話したいことがあってここへ来たのでしょう?」

 彼女の花萌葱色の瞳は、まっすぐに僕を見ていた。

 そんなまっすぐな彼女が眩しくて、僕は目を逸らす。まっすぐに見てもらいたいと望んでいたのに、どうしてしまったのだろう。

 ……嗚呼、怖いんだ。僕は全てを見通しているような彼女の瞳が好きで、憧れているのに、怖いんだ。もしかしたら、モーナも僕のことを笑うかもしれない、なんて馬鹿な事を考えてしまうから。

 ずっと笑われないように隠してきたことを見透かされている気がするから。


 モーナを疑ってしまう自分が、怖いんだ。


「私は、君のことが知りたいわ。ねぇ、君はどんな人なの?」

 駄目だ。どれだけ恐怖があろうとも、彼女の笑顔には勝てない。

 僕は口を開いた。

 ……嗚呼、魔女だなぁ。


「僕は、弱いんだ。特別なんかじゃないのに、人は僕を特別だって言うんだ。でも、それを否定できない。つまらない人だと思われたくないから。特別じゃないのは、平凡ってことでしょう? 僕は、特別な訳じゃない。でも、心のどこかで平凡にはなりたくないって叫んでる僕がいるんだ。ねぇ、モーナ。特別って何? 僕は強くもないし、特別って呼ばれるようなことは何一つしてないよ。なのに、何で特別って言われてしまうの?  僕がもう少し強かったらよかったのかな。人を信じられるくらい強かったら、そうしたら、普通になれていたのかな。特別なんて言われて、忌み嫌われたくなかったよ」

 堰を切ったように思いが溢れ出す。モーナは優しく頷いてくれた。それが、何より嬉しかった。

 何も分かってないのに「辛かったね」って言われるより、真っ向から「そんなことはない」と否定されるより、黙って肯定してくれる方がよっぽど、僕の事を分かってくれているような気がした。


「強くなって、気前が良くなって、話しかけやすい普通の男の子になったら、嫌われないかな? どうやったら強くなれるかな。どうしたら好いてもらえるかな。僕はもう、嫌われたくないんだよ……」

「大丈夫よ。だって、私は君の事が好きだもの」

 一体何者なのだろう。僕の望んだこと――誰かに好きだと言ってもらうこと――を叶えてくれるモーナは。

 モーナは、僕の事をどうしてこんなに分かっているのだろう。僕のありったけの思いを軽い言葉で流さずに肯定してくれる。僕でさえも分かっていなかった、心の奥底の願いを叶えてくれる、モーナは。

 僕は、目の前で優しく笑っている少女に少しの末恐ろしさを覚えた。


「それに、君は自分のことを客観的に見れるでしょ? そんな人を弱い人なんて言わないわ。君は決して弱くないの。特別でもないのよ――いいえ、これは少し違うわね。人は皆、特別なのよ。誰一人として同じ人はいないんだから、特別になるのは当たり前なの。『特別』なんて言葉に怯えて生きていかなくていいのよ」

「じゃあ、どうして僕は嫌われているの?」

 モーナは、僕の精一杯の思いを否定したうえで、僕という存在を肯定した。でも、僕はモーナのそんな優しさをぶっきらぼうな声で台無しにした。我ながら、めんどくさい奴だと思う。だが、一度放ってしまった言葉は消えないのだ。

「君は嫌われていないわ。ただ、この町に合ってないだけ。この町の空気や価値観が、君の持つものとは違いすぎたの。それだけよ」

「空気、価値観?」

「そう。いつか君も、自分と価値観の合う人は見つかるわよ」

「……本当?」

「勿論。誰とも価値観の合わない人を生み出すほど、神様は薄情者じゃないもの。そうね……自分を好きになって、誰かの真似をせず、自分らしく一生懸命に生きていればきっと出会えるわ」

 自分らしく。一生懸命。

 自分が分からなくなって、自分を確立するために人と関わることをやめたのはいつだっけ。命を懸けられるほど好きなものが無くなったのはいつだっけ。もうそれさえも思い出せないのに、もう一度頑張って生きることはできるのだろうか。正直、できる気がしないや。

 でも、もう独りは嫌なんだ。僕がこのまま何も変わらなかったら、僕の周りの人も、環境も変わらないだろう。変わらなきゃいけないんだ……。


「でも、強いっていうのはそういうことじゃないの。友達が多いとか、頭がいいとか、運動ができるとか、そういう目に見えることじゃないの。ちゃんと自分を見つめられるか、自分を大切にできるか、人を大切にできるか。そういう目に見えない、自分一人では測れないものなのよ」

 モーナの言葉を聞いたとき、僕は分かった。強い人っていうのは、モーナのような人のことを言うんだなって。

 僕も、モーナのようになれるかな。自分を持っている、強い人になれるかな。


「モーナ、ありがとう」

「お礼を言われることなんてしてないわ。私は、君の思いに応えただけよ」

 違うよ、モーナは僕に「強さ」ってものを教えてくれたんだ。僕をずっと縛っていた「強くなりなさい」という言葉を解いてくれたんだよ。

 なんて言葉を、まだまだ弱い僕が言えるはずもなく、モーナに別れの言葉を告げる。


 気付けば空は藍色がかっていて、東の方角には月が見えた。



 家に帰り、夕飯を食べ、本を読みながら寝る支度をする。

 価値観の合う人か。いつか、見つかるかな。とりあえず、明日、誰かに話しかけてみようかな……。

 眠りに落ちる前の微睡みの中で、そんなことを考える。だが、眠気に逆らう術もなく、僕は目を閉じ、意識を手放す。


 夢を見た。僕がまだ幼い頃の、母がまだ生きている時の夢だ。その頃の僕は、まだ友達が多くて、元気な男の子だった。なぜかその夢にはモーナが出てきた。モーナと出会ったのはこの間だというのに。どうして夢にでてきたのだろうか。……まぁ、夢だし気にすることでもないか。

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