179.誕生日当日について 4

「ナディア」



 ナディアの目の前にヴァンが浮いている。魔法を使って宙に浮くヴァンと、《ファイヤーバード》のフィアに乗り空にいるナディア。



 巨大な真っ赤な鳥が王女を乗せて上空に飛び上がり、その前にはヴァンがいるという状況に気づいた者たちは騒いでいる。でも、そんな外野の様子をヴァンもナディアも見ていない。




「ヴァン……」



 ナディアはまっすぐにヴァンの事を見ている。



 下でヴァンが公子に言った言葉は、上空に居るナディアまでは聞こえていなかった。だけど、おそらく自分のためにヴァンが公子に何か言ったということだけは分かっていた。



「ヴァン……貴方は」



 ナディアがフィアの上に乗ったまま、ヴァンに話しかけようとした。でもその言葉をヴァンは遮って言った。



「ナディア、ちょっと俺の話聞いてもらっていい?」

「……ええ」



 ナディアはヴァンが何を言うのか分からなかった。分からなかったけれど、それがどんな言葉であろうとも聞こうと思った。



「俺はね、ナディア。ナディアの事、一目見た時に惹かれたんだ。それでナディアが立場的に大変だったから、俺は……、ナディアが危険な目に遭う事が嫌で守ろうって思った」

「……ええ」

「だから召喚獣をナディアの側にやって、魔法を覚えて……ナディアが笑ってくれるように、ナディアが幸せになれるように、かかわらなくてもいいから守ろうって思って」

「……ええ」



 ナディアは知っている。いつの間にか現れた召喚獣たちが気づけば自分の事を助けてくれていた事実を。そして出会う前からヴァンやその召喚獣たちが自分を助けてくれたから今の自分がいる。

 そのことをナディアは知っている。



「ナディアと関わる気はなかった。だって俺は平民で、ナディアは王族で」

「……ええ」



 それも聞いている。恐らく、『火炎の魔法師』ディグ・マラナラがヴァンの事を見つけなければ、今目の前にいない事を。きっとディグ・マラナラが捕まえなければずっとナディアがヴァンに会えなかったことを。

 ナディアは黙って聞いている。



「師匠が俺を見つけて、師匠は俺に弟子になれっていった。ナディアの近くにいれる可能性を言われて、傍で守りたいって思った」

「……ええ」



 ヴァンの思いはどこまでもナディアに向けられている。まっすぐにただ、ヴァンは告げている。



「――俺は、ナディアに笑っててほしい。ナディアに幸せになってほしいってそれしか考えてなかった。ナディアはいずれ俺じゃない貴族とかと結婚するんだろうって思ってた」

「……ええ」

「だけど……俺は、ナディアが結婚したとしても、大人になったとしてもナディアが笑えるように守りたいっていうそれだけだったのに……ナディアが婚約するの嫌だって思った」



 ただ、好きな人に笑っていてほしい。好きな人に幸せになってほしい。だからどんな脅威からでも守り抜きたい。それだけを考えていた。それ以外を考えていなかった。例え、相手が誰かと結ばれたとしても相手が王族ならば王侯貴族と結ばれるのは当たり前だから。結ばれたとしても、ただ隣で守れたらとそう思ってた。

 ――確かに、それしか思ってなかった。でもヴァンは嫌だと思ってしまった。




「師匠の弟子になってからびっくりするぐらいにナディアに近づく事が出来て、ナディアが俺の名前を呼んでくれて、俺に笑いかけてくれる。そして俺がナディアって呼ぶのも許してくれて。ナディアが俺に笑ってくれて、名前を呼んでくれて―――それだけで俺は幸せで、それだけで十分幸せだったんだけど……」



 ヴァンはそういって顔をゆがめる。ゆがめて、告げる。



「ナディアが……誰かと結婚するの俺、嫌だ。ナディアが……俺以外に俺の大好きな笑みを向けているのが、嫌だ。ナディアが……俺じゃない誰かの隣にいるの、嫌だ」



 嫌だと、ヴァンはいう。ナディア・カインズが誰かと結婚するのも、笑みを向けているのも、自分じゃない誰かの隣にいるのも、嫌だと。



「俺は平民だし、王族のナディアの側に居るのはおかしいかもしれないけど———俺はナディアの側に、ずっと居たい。ナディアの幸せが俺じゃない誰かの側にあるのかもってわかっているけど、自分勝手に俺はナディアに傍に居てほしいって……そう、思ってしまってるんだ」



 幸せになってほしいから、守るとか。ただ笑っていてくれればいいとか。それしか考えていなかったはずなのに、そんなことを思っている自分にヴァンは何とも言えない気持ちになっていた。でも、それがヴァンの心からの本心だと気づいてしまった。

 ―――だから、ヴァンはいう。




「ごめん、ナディア。俺は自分勝手な事言っている。でも俺はナディアの事が好きだから、ナディアは俺の隣にいてほしい。誰かの隣で幸せになってほしくない。俺の側で幸せになってほしい。……本当に俺の我儘なんだけど、ナディアが誰かの物になるとか、そういうの選んだらナディアの事掻っ攫ってしまいたいぐらい……気づかないうちにそういう気持ちになってしまってる。だから、ナディア」



 ヴァンはナディアの返事を待たない。黙って聞いているナディアに続ける。



「俺の側にいてくれるか、それか……誰の事も選ばないで」



 ナディアに向かって、自分の心の赴くままにヴァンはそういってしまった。なんていう自分勝手な発言だろうとヴァン自身も思うが、紛れもないヴァンの本心だった。





 ―――誕生日当日について 4

 (そしてその少年は、王女様に自分の思っている事を告げた)

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