178.誕生日当日について 3

 ヴァンは、冷たい目で目の前の存在を見ている。



 ――ゾンド・ヒンラ。

 ナディア・カインズに婚約の話を持ってきているという男。ヴァンはナディアに対して、自分がどう思っているのかを考えた。考えた上で、誕生日プレゼントを用意して、ナディアに伝えようと思っていた。



 そのために、精一杯準備をして、ナディアに声をかけようと思っていた。――でもその前に、ゾンド・ヒンラがナディアに声をかけて連れ出した。もちろん、二人っきりというわけではない。二人についている者達もいるし、ヴァンの召喚獣たちだって見ている。

 だから、ナディアに何かある不安はない。けれど、ナディアがなんて答えるのだろうかとヴァンは不安に思った。―――いけないことだと思いながらも、ナディアの様子をひっそりと遠くから見ていた。召喚獣たちはヴァンが来ていた事には気づいていた。



 ヴァンはナディアがゾンドに笑いかけた事に、心がざわついた。このまま、ナディアがそちらにいってしまったらどうしようと思っていた。だけど、何だか様子がおかしい。ナディアに何かをまくし立てている。そして、ナディアが嫌がっているのに手を伸ばそうとしている。それをおつきの者達が止める前に、ヴァンが止めた。



 《ファイヤーバード》のフィアにナディアの事を上空へと攫ってもらった。



 ゾンド・ヒンラは目の前の状況が理解出来ない。目の前で冷たい目を向けている少年の事も、そしてその周りに侍る普通とは異なる生き物たちの事も。



「な、なんなんだ、お前は。公子である私とナディア様の話に平民が入ってくるなど無礼だろう! そ、それにその生き物たちはなんだ!」



 ゾンドは焦っていた。そのヴァンの冷たい殺気にあてられて怯えている自分に気づきたくなくて、虚勢を張る。ヴァンと共にこちらを見つめている生物たち———蛇に、狐に、蠍に、猿に、犬。そしてナディアをかっさらっていった巨大な赤い鳥は見るからに召喚獣だ。そんな状態で平然と出来るものはそうはいないだろう。



「そ、その通りだ! 幾ら英雄の弟子でも———」

「俺が師匠の弟子であるとか、そういうのは……関係ないです。俺はナディアが嫌がっているのに手を伸ばそうとしていたから出てきただけです」



 ヴァンという存在にとって、目の前の存在がダーウィン連合国家の公子だろうが、自分が『火炎の魔法師』ディグ・マラナラの弟子だろうがどうでもいい事だった。それよりもナディアにまくしたてあげたこと、ナディアに手を伸ばそうとしたこと——あくまでそれが重要だった。寧ろそれ以外どうでもよかった。


 ゾンドやその従者にはそんなヴァンの思考は理解出来ない。



「いずれ、結婚するのだから問題は———」

『おほほほほっ、何を戯言をいっておられるのでしょうか。ナディア様ははっきりと貴方の事を断っていたでしょう? それなのに結婚をすると自信満々に言い張るとはなんて愚かしい雄なのかしら』



 《ナインテイルフォックス》のキノノが冷たい目を向けている。



『小生も聞いておりました。ナディア様ははっきりとおっしゃっていたではありませんか。婚約を結ばないと』

『まぁ、そうなの? それなのにこの男はナディア様と婚約をするとのたまっているというのですか? まぁまぁ……それはそれは』

『それはいけないわ。私たちのヴァン様の大切な方の発言を無視する気なのかしら』

『あたし、こういう馬鹿は殺してしまっていいと思うのよー。ナディア様に何かしようとしてた人はいらないでしょ?』



 《サンダースネーク》のスエン、《レッドスコーピオン》のオラン、《グリーンモンキー》のニアトン、《ホワイトドック》のワートがそれぞれいう。

 ナディアとゾンドの会話を聞いていたのはフィア、キノノ、スエンだけなのだが、断られたにもかかわらず婚約を結び結婚をする気満々の発言にそれぞれが不快感を示していた。



「しゃべった……だと、まさか、全て召喚獣だというのか。馬鹿な……あの鳥も含めれば……六匹だと? そんな馬鹿な話があるか! たかが、平民の身でありながら——……」

『それ以上、わたくしの主様(あるじさま)を馬鹿にするようでしたらわたくしは貴方をどうにでもするでしょう。殺されるのがお好みかしら? それとも貴方の心をむしばんであげましょうか』



 信じられないといった様子のゾンドとその従者に対してキノノは恐ろしい事を言う。このまま殺してしまおうか、などとその場にいる召喚獣たちは思っていた。



「まて、キノノ。他の国の重要人物殺すのは駄目だろう」

『あらあら、主様(あるじさま)がそういうのでしたらやめましょうか』



 キノノがそういったのを確認して、ヴァンはゾンドの方を見る。



「今回は止めましたけど、俺はナディアの嫌がる事をするのならば相手が公子だろうと許さない。ナディアが嫌がっているのに婚約を結ぼうとするなんて、そんな事をしようとするなら相手がだれであろうと排除する」

「―――何を言って……正気か? 私を排除するなどしたらどうなるか分かっているのか?」



 ゾンドは怒るではなく、呆気にとられた様子でそういった。ヴァンの言っている事は正気の沙汰ではなかった。なぜならそんなことをすれば国を敵に回してもおかしくないことだから。それなのに、ヴァンは一切躊躇わない。



「別に、俺はどうなろうともナディアの味方をするだけだから。例えば誰が敵にまわっても俺はナディアを守るだけだから」



 ナディア以外どうでもいいヴァンだからこその言葉だった。ヴァンは誰が敵に回ろうと、どうでもいいのだ。ただナディアの事だけを考えていて、それ以外はどうでもいい。ただ、ナディアの事を守りたいとそういう思いしかヴァンにはないのだから。

 そのあまりにもはっきりと、国を敵に回してもナディアを守ると言い張る姿にゾンドは呆気にとられて仕方がなかった。怒りがわく以前に、理解出来ない。



『主様、ここは小生たちが治めますのでナディア様の元へどうぞ、お行ください』

『そうそう、あたしたちが上手くやるから!』



 スエンとワートにそんな風に言われたヴァンは、召喚獣たちに公子たちの事を任せる事にして、魔法を使って空へと飛びあがった。向かうのは、上空でフィアの上でヴァンの事を心配そうに見ているナディアの元へだ。



 ―――誕生日当日について 3

 (その少年は、誰が敵に回ったとしても初恋の王女様の事を守るだけだと告げた)

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