180.誕生日当日について 5
ヴァンは言った。何処までも身勝手な言葉を。自分の隣にいるか、誰も選ばないでほしいなんて我儘でしかない言葉を。
それを、ナディア・カインズはフィアの上で聞いていた。
それは人によっては恐ろしいととらえることも出来る発言だっただろう。誰かの手を取るのならば掻っ攫いたいだの、誰も選ばないでほしいだの。それは紛れもない執着。その執着を言い放つ存在の、支配下にいる召喚獣の上にナディアは乗っている。
でもナディアは恐ろしくはなかった。寧ろ、ナディアはその言葉を聞いて、ナディアが何を言うのだろうかと不安そうにナディアを見ているヴァンを見て、
「ふふ」
嬉しそうに笑った。
「ナディア?」
「ふふ、ヴァンは私が大好きなのね」
ナディアは微笑んでいる。美しい笑みを零して、心の底から嬉しそうに。
「ねぇ、ヴァン。私の話も聞いてくれる?」
「……うん」
ナディアは自分の話も聞いて欲しいとヴァンに言う。ナディアは笑ってる。ヴァンはナディアが何を言おうとしているのかまだわかっていない。
「私はヴァンと出会う前から、貴方の召喚獣たちにずっと支えられて、守られてきたわ。私はヴァンが守ってくれたから、安心して生きられたのよ」
微妙な立場だった自分の事をヴァンが守ってくれたからこそ、ナディアは生きてこられた。
「ヴァンがディグ様の弟子になった時、驚いたわ。でもずっと守ってくれたヴァンに出会えたことが嬉しかった。ずっとお礼を言いたかったから。最初知った時に、私と年があまり変わらなくて驚いたの」
召喚獣を数多に従えて、魔法を驚くほどに使えて——なのに平民であろうとして、ナディアとそんなに年の変わらない少年。そんな存在が居るなんて信じられなかった。そしてそんな存在が自分を守ってくれていることに驚いた。
「ヴァンはいつも、私の事を第一に考えてくれていた。私の事を大切に思っていると態度で示してくれていた。私はそんなヴァンの隣が心地よかった。ヴァンを知れば知るほどヴァンはとても凄かった。私はね、ヴァンが守ってくれるのに相応しい王女になりたいって最近頑張ってたの。貴方は自覚がないかもしれないけれど、私が今まで安全に生きてこられたのも、何事も挑戦出来たのも、頑張ろうと思えたのも、全部ヴァンのおかげなのよ?」
そういうと、ヴァンは少しだけ不思議そうな顔をした。
それがナディアにはおかしかった。なぜならナディア・カインズという存在は、ヴァンの契約している召喚獣たちがいたからのびのびと安全に過ごす事が出来ていた。――もし、召喚獣たちが居なかったらナディアの命はとっくに失われていたかもしれない。それか、もっと暗くて後ろ向きな性格になっていたかもしれない。安全を感じられずにいつも怯えていたかもしれない。
そしてヴァンと出会ってからはヴァンに守られるのに相応しい存在になりたいとそう願ったからこそ、ナディアはこれだけ頑張れた。それもヴァンが守ってくれるからと色々なことに挑戦が出来た。
そう考えると、ゾンド・ヒンラが気に入って婚約を結びたいと思ったナディア・カインズという王女は、ヴァンが居たからこそのナディアなのだ。
「私は、ヴァンが傍にいてくれるのとても心地が良いの。ううん、ヴァンにね、傍に居てほしいの。だから私はゾンド様の事もお断りしたのよ? そしたら色々言われてしまったけれど……ヴァンは自分の事を平民なのにっていうけど、ヴァンはとても凄いのよ。私よりも、ずっと」
「え?」
「もう、本当にヴァンは自覚がないのね。ヴァンは凄いの。召喚獣をそれだけ従えられて、魔法を使えるなんて普通にありえないのよ? だから私はヴァンに守られるのに相応しくなりたいって思ったの。王女というだけでは相応しくないと思ったから」
ふふっと笑ったナディアは続けた。
「私もね、ヴァンが向けてくれる真っ直ぐな感情が他の子に向けられるのは嫌だと思っているのよ? だから、私はヴァンが傍に居てほしいっていってくれるの嬉しいの」
ヴァンはぽかんとした顔をする。
本当にヴァンは色々と自覚がない。ナディアに好かれている自覚も、全然持っていなかったようだ。それは王族と平民だという事を気にする普通の感覚を持ち合わせていたからだとも言えるけれども——。
「ヴァン、ちょっとこっちにきてくれる?」
「……うん」
ヴァンは素直に頷きながらナディアに近づく。フィアの上には乗らずに、ただ宙に浮いたまま接近する。
そんなヴァンにナディアは手を伸ばした。
「ナディア……?」
ナディアは嬉しそうにヴァンを見ている。その表情にヴァンが見惚れている隙にナディアはヴァンを引き寄せた。そして———唇を合わせた。
すぐに離して、恥ずかしそうにしながらも花が咲いたような可憐な笑みを浮かべて言い切った。
「私も……ヴァンの事大好きよ」
そんな愛の告白を。
そんなものをされた衝撃からか思わず魔法を解いてヴァンが落下しそうになったり、何事かと上空を見上げていたものたちが口づけシーンとかを見てしまって騒然としてたりするわけだが、ひとまず、ナディアは幸せそうに笑っていた。
―――誕生日当日について 5
(少年の言葉に、第三王女も自分の気持ちを告げるのだった)
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