174.ヴァンの様子について
フロノス・マラナラは、ヴァンの様子を見てあれ? と思った。フロノスはヴァンがまだ腑抜けた様子であったのならばまた何か言うべきだろうかと悩んでいたのだが、ヴァンの目はこの前のように腑抜けた様子はなかった。
(ヴァンは、答えを見つけたのだろうか。自分がどうしたいか、少なからず何か分かったのだろうか)
フロノスはヴァンを見ていてそう思った。
ヴァンは実家に顔を出している。そして何かを作っているようだ。去年と同じように、おそらくナディアへの誕生日プレゼントを。
(……フェール様も、キリマ様も二人のことを気にしている。私も……弟弟子の恋は正直上手くいってほしい。でもあれね、本当にヴァンがそういう感情でナディア様の事を好きと自覚した上で、ナディア様に振られでもしたらどうなるんだろうか。そう考えると怖いから是非ともうまくまとまってほしいわ)
正直仮に、ヴァンが何かしら暴走をした時止められる自信はない。それに個人的にもヴァンの事を弟弟子として大切に思っているので、上手く言って欲しいと願ってる。
(……でもあれね、私が幾らそうなってほしいと望んだとしてもナディア様のお心次第。……ヴァンは誕生日プレゼントの準備をしてどうにかするつもりなのだろうか。気持ちを伝える? でもその前にナディア様の心が定まったら——)
フロノスはそんなことを思考する。もし、例えばそんなことがあったとすれば——とそんな思考回路に陥っている。
そんな中ヴァンがその場に戻ってきた。そして色々と何かを準備している。去年、ナディアに上げたものはネックレスだったが、今ヴァンが手にしているものは腕輪のようだった。
フロノスはその腕輪を見ながら、また何か効能をつけようとしているのだとみてとれた。
「ヴァン」
「んー?」
「ナディア様のこと、あんたどう思っているかとかわかったの?」
「ナディアのこと、うん……、そうだね」
ヴァンはそれだけ言う。
そして視線は腕輪に向けられたままだ。それ以上何かを言おうとする気は一切ないようだけれども、どこか吹っ切れた様子というか、悩みがなくなった様子なように見えた。
「そう……ナディア様の所へ行かないの?」
「うん、ちゃんと準備してから」
ヴァンはそういいながらもフロノスには一切視線を向けもしない。寧ろ返事をしてくれるだけでもまだヴァンがフロノスの事を姉弟子として認めているという証でもある。
「どうしたいか、決めてるの?」
「うん」
「……前みたいな腑抜けた顔をしなくなっててよかったわ。ヴァンは悩んでないほうがヴァンらしいわ」
「うん」
ヴァンはうんと頷くだけで、そのまま、手を休める事はしない。
(本当、ヴァンは腑抜けている時よりもこうしている時の方がヴァンらしいわ。今のヴァンは目的を持って明確に行動をしている)
フロノスはその事実に嬉しく思う。目の前にいるヴァンは、とても明確に意志を持っている。そのことにフロノスはほっとしている。
(ヴァンが早く、きちんと考えてくれてよかった。もし考えてこんな風に動きだすのが遅ければ、手遅れになってた可能性もあるかもしれないもの。私も、いつか誰かに恋をするのかな。そうした時は、後悔しないように動きたいものだわ)
フロノスは、恋というものを知らない。
ずっと自分を養子にしてくれた英雄の背中を追いかけていき、その『火炎の魔法師』ディグ・マラナラの唯一の弟子として気を張ってきていた。ヴァンが来るまでの間、ずっとそればかり考えていた。異性の事を気にすることもなく、ただ——それだけを。そしてヴァンのように一目で誰かに惹かれる事もなかった。
いつか、そういう日が来たのならば、後悔しないように動きたいと弟弟子の事を見ながら思う。
「よし、ここをこうして……」
目の前のヴァンはもうフロノスの事をすっかり放置して、目の前の魔法具のことしか見ていない。フロノスの目から見てみると魔力を流して何かをしていることは分かるが、どのような効果をつけているのか、何を行っているのかはさっぱり分からない。一生懸命じっと見ながら、その効能をなんとか理解したいとフロノスは見つめる。
(本当、感覚的にやりたいようにやって、そんな風に出来るようになるなんて本当本物の天才は凄い。私はあんな風な天才にはなれない。でも少しずつでも、追い付ける……いやそれは無理かもだけど、でも私がディグ様の弟子で、ヴァンの姉弟子だって誇れる自分になりたいから——。やっぱりそうね、ナディア様にはこの国に居てほしい。だってヴァンはきっと——ナディア様が他の国に行くなら何が何でもついていきそうだもの。私はヴァンがこの国に居て、そしてどうなっていくか見ていきたい)
フロノスは、そんなことを思いながらもヴァンの様子を見つめていた。
そして、そうこうしているうちにナディアの誕生日の日は近づいてきていた。
―――ヴァンの様子について
(姉弟子は弟弟子が腑抜けた顔をやめたことにほっとしていた)
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