175.公子の様子を見ている召喚獣たちについて

『わたくしたちのヴァン様の恋敵など、さくっと殺してしまいたいものですわ!』

『待ちなよ、主様はそんなこと望んでないだろう』



 ダーウィン連合国家の公子、ゾンド・ヒンラの事を見つめてこそこそと会話を交わす二匹がいる。

 それは《ファンシーモモンガ》のモモと《サンダーキャット》のトイリである。二匹はそのナディアと婚約を結びたいと言っている存在を見ていてほしいとヴァンに頼まれて覗いていた。


 モモはヴァンへの忠誠心が強い方なので、ヴァンの恋敵などさくっと殺してしまってはどうかなどと物騒な事を言っていた。それを咎めているトイリであったが、正直本心としてみればモモと同じであった。

 彼ら召喚獣にとって契約主以外は正直どうでもいい存在である。彼らがナディアの事を気にしているのは只単に契約主であるヴァンが大切にしている存在であるからであった。もし、ナディアがヴァンの思い人ではなければ彼らはナディアの事を一切気にすることもなかっただろう。彼らはそういう極端な思考をしている生き物たちであった。



 二匹は公子とその従者が何を話しているのかというのを、耳を澄ませて聞いていた。公子たちはまさか召喚獣たちが近くに潜んでいるなんて思ってもいないのだろう、二人っきりの室内で会話を交わしていた。




「……ゾンド様、ナディア様との婚約話はうまくいきそうですか?」

「どうだろう? 感触は悪くないように思えたが」

「噂を集めてみましたが、どうやらナディア様は英雄殿の弟子ととても仲が良いらしいです」

「英雄殿の弟子? あの平民から『火炎の魔法師』の弟子になったという存在か」

「そのようですが」

「流石にあの噂は誇張だろう。そんな存在が居るわけがない。それに平民に王族を嫁がせるなんてよっぽどの事情がなければしないだろう」



 ゾンドはヴァンとナディアが仲が良いという事を知っても、ヴァンの事を敵だとは一切考えてない様子である。自分の契約主の事を取るに取らない存在という態度をされて、モモは今にもとびかかりそうだったがトイリに止められていた。



「ナディア様と上手く婚約が結べれば良いのですが……」

「結ばせる。結ぶように動く。そうすれば、ダーウィン連合国家の中でも、我らヒンラ家がトップに立つ事が出来る」



 そういったゾンドの目は野心にあふれていた。



 ナディアに惹かれているのも事実であろうが、彼自身、ダーウィン連合国家の中でトップに立ちたいという野心があったようだ。ダーウィン連合国家は国のトップが変わるシステムだが、彼はヒンラ家がずっとトップに立ち続ける未来を思い描いているらしい。

 そういう野心は、当然の心である。王侯貴族の中でそういう野心を持っていないものの方が少ないのかもしれない。



『……ふぅん。国のトップに立ちたいね。そんな事にヴァン様の思い人をかかわらせたくないですわ』

『それは同意だけど、決めるのはナディア様自身でしょ。でもこれでナディア様が主様の事ふったら……』

『恐ろしいことになりますわ! わたくし、切れたヴァン様を止められる自信ありませんわ』

『僕もそれは避けたいよ! 主様が切れたら超怖いよ』



 二人してヴァンが切れたらどうするんだろうと震えていた。召喚獣からしても恐ろしい力をヴァンは持ち合わせているのだ。



「そうですね。ヒンラ家の悲願のためにもどうかナディア様と婚約を結びたいですね」

「ああ、その通りだ。我がヒンラ家がダーウィン連合国家のトップに立つために——」


 連合国家は、トップが一人ではない。そういう状況で長年育まれてきた国。だけど、それで時々トップに立てる家が満足しているかと言えばそうではないのだ。どこの家も、少なからず自分の家が王として君臨したいと望んでいる者がいたりする。ゾンドもその一人で、ヒンラ家を王家へとのし上がらせたいという野望がある。



「―――ナディア様を、全力で落としにかかる」



 ゾンドはそんなことを宣言していた。それはナディアを欲しているのも事実であるが、自分の野心のためでもある。

 そんな宣言を聞いていた召喚獣たちがそれぞれ反応を示していたが、そのことにはゾンドはもちろんのこと一切気づかないのであった。



『やっぱりヴァン様とナディア様にはくっついてもらいたいものですわ』

『うん。主様とナディア様がくっついた方が良いよ。主様はナディア様以外興味ないしね』

『ヴァン様がナディア様とくっついた方が面白いですしね』

『そうそう。主様はナディア様の事だけが大切だからね。それに僕が見た限り、主様も腹をくくったみたいだし、多分大丈夫だと思うけどね』

『とりあえずあの男がナディア様に不埒な真似はしないようには見ておかなければなりませんわ! ナディア様を落としにかかるなどといっておりますが、ナディア様はヴァン様の大事な思い人ですもの』



 二匹の召喚獣たちは、その後も彼らの事を観察しているのだった。



 ―――公子の様子を見ている召喚獣たちについて

 (召喚獣たちは、公子の様子を覗き見して会話を交わす)

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