172.ダーウィン連合国家の公子の訪れについて 3
「ナディア様は本当に聡明な方ですね」
「いえ、私はまだまだ勉強中の身ですわ」
ナディアの目の前で、ダーウィン連合国家の公子であるゾンド・ヒンラが笑っている。美しい笑みを零して、ナディアの事を柔らかい瞳で見ている。
ナディアは、現在、王宮内の案内をしていた。それはナディアが進んで申し出た事だった。ヴァンはナディアに何も言わない。そのことでナディアは少しだけ意地になっているのかもしれない。――ヴァンは、何も言わない、何も行動を起こさない。
そのことは、ナディアにとって何とも言えない気持ちになることだった。
「ここは——」
ナディアはゾンド・ヒンラの事を次々と案内する。フロノスやキリマの住まいの案内もした。フロノスやキリマは少しだけナディアに何か言いたそうな顔をしていた。だけど、ナディアはそれに気づかないふりをした。おそらく、ヴァンの事を言おうとした事がわかっていたからだ。
(……ゾンド様と話すのは結構楽しい。知識が豊富で、話に引き込まれる)
ナディアは、実際問題、ゾンドと話すことは楽しいと思っていた。ゾンドは常ににこやかで、ナディアに興味を抱いているということがよくわかった。自分に関心を抱き、他国にまでやってきたゾンドに対して嫌悪感を持つはずもない。
「ナディア様のお母様はどのような方だったのですか?」
「とても、美しい方でしたわ」
三歳だった頃の記憶なんて曖昧で、だけれども美しかった母親の事を覚えている。母親を大切だった気持ちの事を覚えている。
「ゾンド様のご両親はどのような方なのですか?」
「そうですね。私の両親は公爵領を治める立派な方です。私は父の事も母の事もとても尊敬しています。だからこそ、将来的に二人の助けになりたいと願っております。ダーウィン連合国家をもっと発展させていくことも私の目標です」
ゾンドはまっすぐな目をしていた。その願いを、目標を心の底から望んでいることだというのがわかる。何処までも真剣な瞳。本気で、そうしたいと思っている。
「ナディア様の目標はなんですか?」
「私は……そうですね。……王族の一人として恥ずかしくないぐらいがんばりたいと思っております」
ナディアは、目標と聞かれてヴァンの事を思った。ヴァンに釣り合うように頑張りたいと望んで、ヴァンに守られるのに相応しい存在になりたいと望んで、そのために頑張ってきた。
(ヴァンが守ってくれるから——私は不安もなく行動が出来る。何かあったとしても、ヴァンや召喚獣たちがいてくれるとおもえたら私は行動が出来た。そんな風に守ってもらえて……、だからこそ守られるのに相応しくなりたいんだって思って……。だから私は、ヴァンの側にいる自分を想像してしまう)
ヴァンが守ってくれたから、だから頑張ろうと思った。ヴァンやヴァンの召喚獣たちが居てくれるから何でも挑戦が出来る。
「そうですか。立派な夢ですね。ナディア様……」
「はい。なんでしょうか?」
「その夢を……ダーウィン連合国家でかなえる気はありませんか」
「……それは」
「お父上からお話を聞いていると思いますが、私は貴方と婚約を結びたいと思っております。ですから、私と一緒にダーウィン連合国家に来てくださいませんか?」
ナディアはその話をこんなに早くに聞くとは思っていなかった。そういう話をされる事は知っていたが、このタイミングで話されるとは思っていなかった。
「……それは、どうしてそう望むのでしょうか」
ナディアはゾンドの瞳をまっすぐに見返して、問いかける。ナディアには分からなかった。どうして自分と婚約をしようとしているのか、それが分からない。
「理由ですか。そうですね。最初は絵姿や噂を見て惹かれたのです」
「……はい」
「それだけ我が国まで評判の名高いナディア様はどのような方だろうと、興味を持っていました。だから一度断られても貴方に一目あってみたいと思いました」
「……はい」
真っ直ぐに向けられる言葉と、瞳。それが何処か恥ずかしく思える。だけど、視線は外さない。ナディアはただ、その言葉を受け止めている。
「そして実際に会って、話してみて、貴方にとても惹かれています。貴方となら、きっと私にとって幸福な未来を送れるとそんな風に思えました。それでは駄目ですか?」
「……いいえ」
ナディアはそう答える。
「もちろん、すぐにダーウィン連合国家に来てほしいというわけではありません。ひとまず婚約を結んで……期間をおいてからこちらに来てほしいと思っています。そのためにも私と婚約を結んで欲しいと思っております」
「……私は」
「カインズ王国の国王陛下はナディア様の意志に任せるといっておりました。だから、考えて欲しいのです」
「……はい。考えさせていただきますわ。ですから、少し待っていただきたいのです。きちんと考えてから、ゾンド様に応えたい」
そしてナディアは、ゾンドの言葉にそう答えるだけで精一杯だった。
――――ダーウィン連合国家の公子の訪れについて 3
(真っ直ぐな公子の言葉を第三王女は受け止める)
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