169.話を聞いて心をざわめかせるヴァンについて
「ナディアと、婚約したいって男?」
ヴァンは、その話を聞いていた。
公子がやってくる、という話は聞いていた。聞いていたが、それがどういう事情でやってくるのかそれまでヴァンは一切知らなかった。
どのような理由で公子がやってこようともどうでもいいと思っていた。ヴァンにとっては大切なものと大切ではないものが明確にわかれている。ヴァンにとっては、極端な話、ナディアとそれ以外とわけられるぐらいに、ナディア以外どうでもいいと思っていた。
ヴァンの世界はナディア中心に回っていて、その目はナディアの事しか見ていない。それ以外の事で動揺する事はない。その逆をいうなれば、ナディアの事であるならばヴァンはいくらでも動揺するということ。
実際に、ヴァンはその話を聞いて動揺していた。
ちなみにヴァンにその話を持ってきたのは、ナディア自身である。ナディアがあえてその話をヴァンにしたのは、ヴァンがどのように反応をするのかというのが気になっていたからというのもある。
ナディアはヴァンの事を特別に感じている、という事を自分で自覚はしている。だけれどもそれが恋という感情なのかどうか、まだ幼いナディアには分からなかった。王族という立場であるのならば、そういうことも考えずに父親の命の元嫁ぐことの方が多いだろうが、シードルはナディアに選択肢を与えた。
自分で考えて、自分で選んでいいのだと、そんな風に選択肢を与えられたからこそあえてヴァンに言いに行った。
そしてそれだけの情報を与えて、ナディアはヴァンの元を去った。
ヴァンがどんな反応をするのか、ヴァンが何を言うのか——少し驚いた顔をしたヴァンがどうするのか不安だったからすぐに去った。ナディアはヴァンが自分の事を大切に思っていてくれる事を知っている。だけれどもこれで祝福をされたらと思うとなんとなくすぐに去ってしまったのである。
そしてナディアが去った後のヴァンは、一人で立ち尽くしている。
(ナディアが、婚約。いや、婚約は確定はしてない。でもナディアと婚約をしたいという男が来る。ダーウィン連合国家からやってくる)
ヴァンは、ナディアに言われた言葉を反芻する。
ナディアが婚約を結ぶという事実。そのことをヴァンがわかってなかったわけではない。―――頭では、ちゃんと分かってた。いや、理解していたつもりだったのかもしれない。
ナディア・カインズは王女である。この国の誇り高き王族。尤も敬うべき存在の一人。
だからこそ、平民よりもずっと小さな頃から結婚をする相手というものが決まっている者も多く居る。そのことを、ヴァンはきちんと知識としては知っているのだ。
だけど、
(ナディアが婚約をする……)
その事実を、その可能性を考えた時、ヴァンは衝撃だった。
『主様は、大丈夫でしょうか』
そう、つぶやくのは、ナディアの側に控えていたはずの《サンダースネーク》のスエンである。スエンはナディアについて此処までやってきて、ヴァンが固まったのを見て思わず残ったのであった。
(ナディアが婚約。喜ばしいことの……はず。他の国家の有力な存在と結婚したら、多分この国はよくなる。皆喜ぶような事……だと思うけど)
何とも歯切れの悪い気持ちになってならないヴァンである。
ヴァンは、カインズ王国の国民の一人として、そういう一般的な気持ちがわかってる。一般的に見て、それは喜ばしい事だとわかってる。
『主様? これは本当に悩んでおられる。小生、こんなに悩んでいる主様を見るのは初めてですな』
スエンは隣で声を発しているが、ヴァンは考えることに精一杯でスエンの事を気にする余裕は一切ないようだった。
(……なんで、俺喜べないんだろうか。喜ばしい事なのに。ナディアが誰かと婚約して、それで……誰かのお嫁さんになるの、わかってたはずなのに。なんでこんな衝撃受けてるんだろうか。どうして、俺は……こんなことを考えているのだろうか)
ヴァンは混乱していた。自分がどうしてそんなことを考えているのか、わかってなかった。自分がどうしてこんな感情を抱いているのか一切自覚がない。
だからこそ、心をざわめかさせている。
ナディアの事だけを常に考えていて、ただナディアのためだけにと動いていたヴァンはナディアに出会ってからこれまでこんな風に混乱したことはなかった。ただ、自分がやりたいように動いていた。
自分は平民で、ナディアが王族な事を理解していて、だからこそ、ただ守りたいとしか考えてなかった。
(……なのに、この感情はなんだろうか?)
だからこそ、ヴァンはただ今まで感じた事がないほどに混乱していた。
――――話を聞いて心をざわめかせるヴァンについて
(第三王女から話を聞いて、少年は頭を混乱させる。そして、公子の接近は迫っている)
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