170.ダーウィン連合国家の公子の訪れについて 1

「初めまして。私はナディア・カインズですわ。我が国へようこそお越しいただきました」



 ナディアの目の前には、ナディアへの婚約の話を持ってきたダーウィン連合国家の公子とその付き添いの者達がいる。

 ナディアはあれ以来、ヴァンの元へ顔を出していなかった。ヴァンが何を言うのか不安だったのもある。どういう反応をするのか。それが不安で、顔を出す事をしなかった。




「初めまして。私はゾンド・ヒンラと言います。本日はナディア様にお目にかかれて嬉しく思います。本当にナディア様は噂通り美しい方なのですね」



 ナディアの目の前にいるダーウィン連合国家の公子———ゾンド・ヒンラ。彼はダーウィン連合国家の元となった小国の一つ、ヒンラ国を治めていた王の血筋である公爵家の子息である。栗色の髪を持つ少年で、その顔立ちは整っている。ナディアよりも、二つほど年上だという彼は、将来的に美しい美青年に育つ事が一目瞭然といった見目をしていた。



 ナディアに対してやわらかい笑みを零す姿には、ナディアも好感を覚える。



(この方が……私との婚約を望んだという公子様。ダーウィン連合国家を統治する公爵家の一つ、ヒンラ公爵家の子息。私に対して婚約の話を持ってきた理由も分からない。年齢的にはフェールお姉様やキリマお姉様とも合う。私じゃなくて三人の王女に対しての婚約話ならばまだ理解出来るのだけれど……)



 ナディア・カインズはもうすぐ訪れる誕生日で、十二歳を迎える。まだ幼いとも言える少女であるが、王族としての教養を見つけているナディアは聡明な少女であった。



 年齢的に言えば、第一王女であるフェールや第二王女であるキリマとも釣り合う。だというのに自分にだけ婚約の話が舞い込んで来た事がナディアには分からなかった。



「本日は長旅にお疲れでしょうから、お部屋に案内いたしますね」



 隣国とはいえ、国境をまたいでの旅である。そのため、挨拶を終えた後はお客様のために用意されている王宮内の一室に案内する事になった。ナディアが客室へと案内をする後ろからはナディア付きの侍女たちが付き従っている。



(……他の国の王族にも等しい立場の相手をこうして案内するのは緊張するわ。でも私がヴァンともし結婚するのならば——って、お父様に違う可能性もよく考えてみて選ぶようにと言われているのにまたそういう前提で私考えてる。でも誰と結婚するにしても、こうして高貴な身分の方の相手をすることはあるわ。だから、頑張ってやりきらないと)



 ナディアはゾンド・ヒンラを案内している間にも、そういう思考に陥ってしまっていることに気づいてはっとなる。でもその思考や動揺を目の前にいるゾンドに悟らせるような真似はしない。

 客間へと案内をし、ナディアは自室へと戻る。



(これから……一週間ほどゾンド様はこの王宮にとどまる。私の誕生日パーティーにも出席するという話だわ。その間に、私は見極めのためにもゾンド様と多く接することになるわ。ヴァンとは……会いたいけど、会うのは怖いわ。わざわざ、私は言いに言ってしまったもの。ゾンド様が婚約を望んでいるという話を)



 ナディアは、自室のベッドの上に腰かけてこれからの事を考える。本日、この王宮に訪れたダーウィン・連合国家の公子の事を、そして言い逃げのように言うだけ言ってそれからあっていないヴァンの事を。



(ヴァンは……私の事、大切に思ってくれているわ。私の事をずっとずっと守ってくれていた。私の事を……第一に考えてくれていて……。そんなヴァンに守られるのに相応しい存在になりたいと思ったから頑張ろうと思った。お父様はヴァンをこの国に引き留めるためにも私と婚約をさせるのはどうかと言っていた。私はそれを受け入れてもいいというぐらいヴァンの事を好きだと思うわ。でも——、ヴァンはそういうことを望む発言を一度だってしたことがない)



 ヴァンはいつだって、ナディアを第一に考えている。いつもナディアの事ばかり考えていて、誰の目から見てもナディアの事を大切に思っているのは一目瞭然である。

 だけれども———ヴァンは一度だってナディアと結婚したいとか、そういうことを言ったことがない。



 ヴァンは変に常識を持っている。あれだけ非常識の塊と言える存在なのに、自分が平民だという考え方が前提にある。自分が王宮魔法師の弟子になったからといってその事を驕るようなことがヴァンにはない。

 ―――だからこそ、そもそも本人は平民である自分が王族であるナディアとどうこうなるという考え自体がなかったと言える。



(……ヴァンは、私とどうなることを望んでいるんだろう? ヴァンは今回の事でどう思っているのだろう? もし、ヴァンが、一言でも私の望む言葉を言ってくれたら———)



 ナディアはその事を考えて、想像して、胸を熱くさせるのだった。




 ――――ダーウィン連合国家の公子の訪れについて 1

 (ダーウィン連合国家から公子がやってきた。その事実が二人に何をもたらすのか)

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