92.ナディア様の反応について

「……しばらく、ここを離れる?」



 ディグから砦に連れて行かれることを告げられたヴァンは、ナディアにそのことを言いにやってきていた。




 いつも通りの二人でのお茶会。

 にこやかにほほ笑んでヴァンをうけいれたナディアは、ヴァンの言い放った言葉に驚いた表情を浮かべる。



 ヴァンがディグの弟子になってから、そしてヴァンとナディアが交流を持つようになってから、ナディアとヴァンは定期的に顔を合わせていた。ナディアにとってヴァンが会いに来るのは当たり前になっていた。



 王宮魔法師のディグの弟子として王宮に滞在するヴァン。その立場の中で王宮を離れることも当たり前にあるはずなのに、それなのにその可能性をナディアは考えていなかった。

 当たり前のようにヴァンは王宮にずっといると、ヴァンにいてほしいとそんな風に思っていたのだろう。



「うん。師匠が良い経験になるから来てって」

「そうなの……ディグ様が」

「うん。それに、いろいろ経験したほうがナディアのこと守れるって言われたんだ」



 ナディアをもっと守れるように砦に行くんだとでもいう風に言われると、ナディアは「いかないで」とは言いにくかった。

 ヴァンがしばらくこの場を離れるのはさびしい。確かに寂しい。でもだ、自分のために色々経験したいなんて言われたら正直ナディアは嬉しかった。



(ヴァンは、私を守ろうとしてくれている。私のために……。その気持ちが本当に嬉しい。ヴァンがしばらく王宮を離れるなんてさびしいけれど、でも、嬉しい)



 目の前の少年の頭の中は、自分でいっぱいなのだと。その事実を実感する度にナディアはどうしようもないほど嬉しくて仕方がない。



「そう……でも、それじゃあヴァンの誕生日お祝いできないかもしれないわね」

「あ、もしかしたらまだ砦かも」

「なら、こちらから誕生日プレゼントを贈るわ。本当は直接渡したいのだけど」

「俺、ナディアから何かもらえるだけでも嬉しい」



 二人は互いにほほ笑みながらそのような会話を交わす。





「あとナディアの傍には召喚獣多めにおいていくから」

「……砦に行くのでしょう? だったらヴァンの方が心配なんだけど」

「俺は大丈夫だよ。それに多めっていっても半分もおいていく気はないから」



 召喚獣が二十匹もいるからこその言葉である。というか、数匹でも召喚獣をおいていくだけでもおかしいのだが、そこはヴァンである。

 ちなみに今も普通に召喚獣たちは何匹か存在していて、ナディアとヴァンのことをちらほら見ている。



「ありがとう、ヴァン。本当にいつも貴方にも、貴方の召喚獣たちにも私は助けられているわ」



 ナディアが改めて日頃の感謝を伝えれば、ヴァンもまた嬉しそうに笑みをこぼした。



「でもヴァンも本当に気を付けてね。ヴァンが怪我をしたら嫌なの」

「俺もナディアのことが心配。砦は遠いし、直接かけつけられないし……」

「私は大丈夫ですわ。だってヴァンの召喚獣たちが傍にいてくれるのでしょう? それにこれもあるわ」




 ナディアはそういって首に下げているヴァンからの誕生日プレゼントを見せる。



「でも、俺ナディアになんかあったらやだ」

「私もヴァンが怪我をしたら嫌なの。だから、お互い怪我をしないように約束しましょう」

「うん」

「私とヴァンの約束ね。無理をせずに、怪我をせずに、そしてここに帰ってきてね」

「うん。ナディアも、召喚獣たちを頼ったり、フェール様たち頼ったりして、無理しないで」

「ええ。もちろん」



 二人でそんな約束を交わす。



 ちなみにヴァンが砦に向かうまでにはもう少し日数があるため、砦に行く前の最後の邂逅であるとかそういうわけではない。が、なんだかそんな雰囲気になっている。




『主の代わりに俺がナディア様を守る!!』



 二人の世界を壊さない位置で召喚獣たちは二人を見守っていた。《ファイヤーバード》のフィアは宣言をかます。



『僕も、主様の大切守りたい』

『私もヴァン様の助けになりたい。けど……ナディア様の護衛に入れるかしら?』



 《サンダーキャット》のトイリと《グリーンモンキー》のニアトンの言葉である。

 最近、ナディアの護衛係は希望者が多い。いつもと違うヴァンを見れることを面白がっていたり、ヴァンがナディアに告白する場面を見たいとか、そういう動機でである。



 フィアに関しては、もうナディア様の護衛係みたいなものなので確定している。フィアに関して言えばヴァンの傍にいるよりナディアの護衛をしている時間の方が長いぐらいだ。



『主は何人ナディア様の傍に置く気だ?』

『さぁ? でも半分はおかないけど多めなんだろう? なら僕も入れるかな』

『でも私、ヴァン様と一緒に戦うのもやりたいわ。もう、ナディア様の護衛をとるか、ヴァン様とともに暴れるか。究極の二択!!』



 上からフィア、トイリ、ニアトンの台詞である。

 ニアトンは両方やりたいらしく嘆いている。



『砦で主が暴れるかもわかんねーだろ』

『え、でも主様だよ? 向こうから厄介ごとがやってくるんじゃないかな』

『ヴァン様が赴いた先で何も起こらないとは想像しにくいもの』



 フィアの言葉に二人はそんな反応を示す。ヴァンが行った先で何かが起こるのではないかと想像しているらしい。



『まぁ、確かにな』

『どちらにせよ、全力で頑張らなきゃね』

『ナディア様守れなきゃヴァン様に殺されるだろうしねー』



 三匹の召喚獣たちは、仲好さそうに笑いあう自分たちの主とその思い人を見ながらそんな会話を交わすのであった。




 ---ナディア様の反応について

 (ヴァンが王宮から離れるのはさびしいけれど、自分を思っての行動だと思うと嬉しくてたまらない)


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