93.旅立ちについて
「ヴァン、気をつけて」
ナディアにしばらくあえなくなることを話してから数日後、ヴァンはディグとフロノスとともに王宮を離れようとしていた。
見送りにはナディア、フェール、キリマたち王女三人に加え、王宮魔法師であるヒィラセとイニ、そしてその弟子のクアンとギルガラン……後は英雄であるディグとその弟子である二人を見ようと集まったギャラリーたちが存在している。
ナディアがヴァンの手を握って心配そうにしているのも周りはしっかり見ているわけで、第三王女と英雄の弟子の仲の良さに周りはひそひそと囁きあっている。
ちなみにヴァンはそんな様子に気づいていないが、ナディアは気づいていてなおそんな態度である。
「うん……じゃなくて、わかりました。ナディア様」
二人の時のようにため口と呼び捨てにしそうになって慌てて敬語に戻す。そんなヴァンにナディアは少し悲しそうな顔をする。
(公の場のとき以外でってことだったけど、何だかヴァンに敬語と様付けをされると何だかさびしいわ)
ナディアはそんなことを考える。
ヴァンはナディアが悲しそうな顔を浮かべているのを見て慌てている。
「ナディア様、どうかしましたか?」
「なんでもないから、大丈夫よ。それより、本当に気をつけて。怪我をなさらないでね」
「はい。ナディア様も気をつけてください」
「ふふ、私は大丈夫よ。ヴァンがいつでも守ってくれているもの」
そばにいなくてもヴァンの召喚獣とヴァンの魔法具に守られているので、その台詞は間違いではない。至近距離でそんな会話を交わす二人を、ディグは少しあきれたように見ている。
で、そんなディグの元には、
「ディグ様、お気をつけてくださいませ」
と微笑みかける第二王女、キリマがいる。
人前だからと外面の笑みを浮かべている。が、心のうちではディグが王宮から離れることを盛大に嘆いていた。
(うぅ、ディグ様が、折角こうしてお話できるようになったディグ様が王宮から離れることになるなんてぇ! ディグ様はかっこいいから砦でディグ様の恋人の座を誰かがゲットしてしまったらどうしましょう。いや、心配はいらないはず! ディグ様は特定の女性に興味をもられないもの。あぁ、でもさびしい! あとディグ様は仕事でいかれるわけでもしかしたら危険な目にも…うぅ、それはやだわ)
脳内では大暴走しているが、外面のよいキリマは一切その暴走ぶりを外には出していなかった。
フェールは二人を見ながらあらあらと面白そうに笑っている。
フロノスは一人、こんなに注目されている場にいたくないなーなどと考えていた。
ヴァンはナディアと親しそうに話していて、ディグはキリマにものすごく心配されていて。
周りのギャラリーたちは、そのことを噂している。
(ヴァンとナディア様はともかく、ディグ様とキリマ様はそんな関係にはならないと思うのだけど)
なんてフロノスは考える。
というか、フロノスははやく出発したかった。もう出発する準備は完了していて、馬車の手配もできているのにヴァンとディグが話していて出発できないのだ。
しばらく待ってようやく話が終わったらしい。
「あ、ギルガラン、クアン、前言ったこと頼む」
「あー、うん」
「了解」
二人に「自分がいない間ナディア様に何かあったらお願い」と頼んでいたヴァンである。しかしヴァンの召喚獣たちがナディア様の周りにいることや、詳しい詳細は知らないがヴァンがナディアにあげたものが魔法具だと知っている二人である。正直、自分たちは必要ないだろうとさえ思ってしまうのも当然だろう。
二人とも微妙な顔を浮かべている。
「私もナディアを守ってあげるわ」
ヴァンにこっそりとそんな風にいうのはフェールであった。
フェールとしては大々的にナディアを守りたいものだが、相変わらず母親がナディアを嫌っているためこっそりと告げていた。
「ありがとうございます。フェール様」
ヴァンがお礼を言えば、フェールは少しうれしそうに笑った。
「ヴァン、そろそろ行くぞ」
「あ、うん!」
ディグに呼ばれ、ヴァンは慌てて返事をしてディグとフロノスの元へと向かう。そして用意されていた馬車の中へと乗り込んだ。
(ヴァン、怪我をしなければいいんだけど)
と、ナディアはその馬車が見えなくなるまで見つめ続けるのであった。
ちなみにそんなナディアの周りには隠れてはいるが召喚獣たちが相変わらず存在していた。
結局、ナディアの護衛としておかれているのは《ファイヤーバード》のフィア、《ブラックスコーピオン》のカレン、《アイスバット》のスイ、《クレイジーカメレオン》のレイ、《サンダーキャット》のトイリ、《ホワイトドック》のワート、《ナインテイルフォックス》のキノノの七匹である。
これだけの数の召喚獣をナディアの傍に置いているのは明らかな過剰防衛であった。
---旅立ちについて
(そしてヴァンはディグとフロノスとともに王宮から旅立つのでした)
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