59.不穏な第一王女様とディグに近づきたい第二王女様について

 「どうして、上手くいかないのかしら」



 その日、カインズ王国の第一王女であるフェール・カインズは自室にして、そう口にした。そしてその顔は不機嫌そうに歪む。


 フェールに仕える侍女たちは、フェールのそんな様子に慌てふためいている。


 いつも余裕に満ちている、そんな澄ました笑みばかり浮かべているフェールがここまで不機嫌なのも珍しい事であった。

 そして彼女が何故こんなに不機嫌なのかの理由は、すぐに理解することが出来た。それは、あのディグ・マラナラの弟子が原因である、というのが侍女たちの満場一致の結論であり、それは正しい事である。



(何故、ヴァンは―――)



 いら立ちを含んだまま、ふかふかのソファに腰かけているフェールは思考する。



(どうして、私のモノにならないのかしら。この私が、このフェール・カインズがこちらに来なさいと言っているのに。何故、私よりも、あんな子を優先するのかしら?)



 そういう思考に陥るフェールは、ナディアの事を見下しているのだろう。ただの、綺麗なだけの王女様、何の力もない妹として。



(そもそも、ナディアが私に逆らおうとするなんて―――)



 事実、今までナディアは従順であった。例えばフェールが何かを告げた時、それに反発するような事は一切口にしなかった。ただ微笑んでいた。

 実家からの後ろ盾もない王女。国王に愛されているとはいえ、それだけ。故に、ひっそりと暮らしていた第三王女。



 そんなナディアが、実家の権力もあり、王宮内でも発言力の大きいフェールに逆らうなんて本来ありえない事である。それなのに、それがありえるのは――――、



(ナディアは、ヴァンに出会ってから変わった? マラナラの弟子を味方に付けることが出来たからって調子に乗っているのかしら? 虎の威を借る狐ってことね)



 ただ、思考する。そのいら立ちは、行動に出ている。フェールの目が不機嫌そうに歪む度に、周りに控える侍女たちははらはらしていた。



(この私よりもナディアがいいなんて、そんなのありえないわ。私が求めているのに、私が、欲しているのに)



 自身に並ならぬ誇りがあるからこそ、プライドがあるからこそ、自分よりもナディアが優先される状況が我慢ならない。



(……絶対、ナディアから奪ってあげるわ)



 そう思考して、フェールは獰猛な笑みを浮かべた。








 さて、第一王女様が怒りに震え、不穏な思考をしている中でもう一人の王女様であるキリマ・カインズはといえば、

 「あああああああああああーーーーもう! ディグ様ディグ様ディグ様ぁあああああ」

 周りに腹心の侍女たちしかいないからか、いつも脳内に留めている思考を叫んでいた。

 「キリマ様、落ち着いてください」

 「キリマ様、淑女がそんな風に叫ぶものではありません」

 キリマの様子に慣れている侍女たちは、またかとでもいうような目でキリマを見て、彼女をなだめている。

 「だって、だって! なんかヴァンってナディアにしか興味ないみたいだし! なんかナディアもヴァンの事大好きみたいだし、見ている限り相思相愛だよ? ナディアのもとに言っているのってヴァンがそういう気持ち持っているからみたいだし! ヴァンってフェールお姉様に誘われてもなびかないし。あああもう、ディグ様に会いたいのにぃいい」

 キリマは一気にそんな思いを口にする。

 そして続ける。

 「正直相思相愛ものの恋愛小説とか大好きな私としては、二人を引き裂こうとかは思わないけど! ヴァンと仲良くなったらディグ様と会いやすくなると思うけど、どう切り出せばいいかわかんないよー!」

 もうお前は本当に王女か? と疑いたくなるほど大暴走である。普段猫かぶっているものの、素のキリマはこんなんである。

 「……キリマ様、素直にディグ様に好意を持っているから協力してくれないかと持ちかけてはいかがでしょうか?」

 「うー、それも考えたけど恥ずかしいじゃない!」

 そういって叫ぶキリマの顔は真っ赤である。

 自分の恋心を人にさらすのはなんだか恥ずかしいらしい。ならなんでここでは叫びまくっているんだと思われるかもしれないが、まぁ、この場にいる者たちはキリマの思いを知っているから問題はないのだ。

 「恥ずかしがっていてもどうにもならないでしょう? 私は素直に言うのが良いと思いますが」

 「私もそう思います。キリマ様に聞いている限り、その理由で近づけばナディア様もキリマ様に対する警戒心を解くのでは?」

 侍女たちはそう助言をする。

 「た、確かにナディアはヴァンに近づく私たちが嫌だってだけみたいだけど! でも、わ、私がディ、ディグ様を大好きだなんてそんなこと……」

 「大好きまでは言わなくていいです。ただ、好きだといえばいいです」

 「マラナラ様はこの国の英雄ですから、狙っている女性は多いのですよ? マラナラ様と近づきたいなら腹をくくるべきです。ただでさえ、キリマ様とマラナラ様には年の差があるのですから」

 そう、ディグは二十歳、キリマは十三歳。大人になったら気にならない差だろうが、七歳差は大きい。

 本当にアプローチをかけたいなら腹を括ったほうがいいのだろう。

 「た、確かに……で、でもちょっと考えるわ」

 キリマはそう答えるのであった。




 ―――不穏な第一王女様とディグに近づきたい第二王女様について

 (フェールはいら立ちを募らせ、キリマはディグに近づきたいと画策する)

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