58.たびたび会いに来るようになった王女たちについて
さて、はじめての交流は終わったわけだが、ヴァンに関心を持ったフェールと、ディグに近づきたいがためにヴァンと仲良くなりたいキリマは、それからもヴァンの元へ訪れるようになった。
とはいっても、もちろん、その場にはナディアもいる。シスコンであるレイアードは、妹たちがヴァンに興味津々なのが気に食わないのか、それはもう色々と複雑な気持ちを抱えているらしい。が、ヴァンから妹たちに近づいているのではなく、妹たちが望んでヴァンに近づいているのだから強く言えないらしい。邪魔をして、妹たちに睨まれ、嫌われるのを恐れているようである。
レイアードは隙のない完璧な王太子として周りに知られているわけだが、現実はそうではないのであった。
「ねえ、ヴァン。貴方は、私の元には今も来たくないのかしら?」
幾度かヴァンの元を訪れ、ヴァンと交流を持ったフェールは再度そう問いかけた。
その笑みには、私がこれだけ会いに来ているというのになんていう期待が込められているように思えた。
実際、フェールは自分の美貌に自信を持っているだけあってそれはもう美しい少女である。それでいて第一王女という地位を持ち合わせている。そんなお姫様がだ、こうして会いに来ているというのだから、普通の者なら「自分の元に訪れてくれるなんて」と感激し、自分の元に来てほしいという言葉には喜んで訪れるかもしれない。
しかし、ヴァンはやっぱりちょっとずれている。
「来たくないというか、別にフェール様の元へ行く理由はないですし」
ばっさりという。なんだか、別に行く必要もないし、行きたいとも思っていないという本音のにじみ出た言葉である。一応本人的には敬語を使おうとしているらしいが、上手く出来ないようだ。
「ふふ、フェールお姉様はがっつきすぎですわ。それよりもヴァン、ディグ様はここに来たりしないのかしら?」
何度もここを訪れているキリマはといえば、ディグがこの場にやってこないかと期待してわくわくしているらしい。尤もそんなディグに会いたい! という溢れんばかりの思いは表には出していないが。
ディグに近づくためにヴァンに近づきたいという思いはあるようだが、キリマはフェールほど、ヴァンに執着しているわけではない。
「師匠は、基本来ません」
ナディアとヴァンが交流している中に、ディグが来る事はまずない。ディグはヴァンをカインズ王国にしばりつけておくためにはナディアと結婚させるのが手っ取り早いという助言はしたものの、基本的にヴァンとナディアの関係は放置している。
「そうなんですの」
「……キリマお姉様は、マラナラ様に会いたいのですの?」
ヴァンに会いに来ているわけではないのかと、訝しそうにナディアが告げた。名目的には、ヴァンに会いに来ているはずのキリマであるが、ディグの事を気にしているように感じたからである。
「おほほ、『火炎の魔法師』と呼ばれる方に関心があるのは、当たり前ではなくて?」
ディグに恋しているという気持ちを悟られたくないキリマは、ごまかすようにそう言って笑った。
「ヴァンは、そんなにナディアの方がいいのかしら?」
次に口元をひくつかせながら、そう問いかけたのはフェールである。
「ナディア様が良いっていうか、ナディア様だから俺は会いに来てます」
ナディアが良いというより、ヴァンの場合ナディア以外どうでもいいというのが正しいだろうか。
ナディアはその言葉に嬉しそうな顔になる。
逆にフェールの顔は不機嫌に歪む。
(この私が、これだけ言っているのにナディアが良いなんて。この私が欲しているのに)
苛々しているその気持ちが外に出ている。
(なんでナディアが良いのかしら。苛々するわ。なんでこんなに苛々するのかしら。ナディアにはキラキラした目を向けているのに、この私には興味なさそうな目を向けるなんてっ)
気に食わないと感じるのは、その目なのだろうとフェールは思う。何度かナディアとヴァンとこうして会って(ついでにキリマも)、それでヴァンの目が、ナディアを見る時だけキラキラしていて、ナディアに向ける目にだけ、熱が宿っていることに気づいたから。
でもそのナディアを見る視線は、キラキラした目はナディアにしか向けられないから。
フェール自身には興味の欠片もないという目しか、向けないから。
それが気に食わないのだとフェールは思う。
(フェールお姉様、苛々してますわね。それにしても、このディグ様の弟子、ってナディアにしか本当に興味ないみたいね。仲良くなってディグ様との距離を縮めるぞーって思ってたけど、仲良くなり方をもう少し考えるべきかしら?)
そしてそんなフェールの隣でキリマはそんな思考に陥いる。
(ああああもう、ディグ様、ディグ様ディグ様と交流したいよー)
すまし顔で脳内大暴走である。
イライラを募らせる第一王女フェールと、自らの恋心のために脳内大暴走中の第二王女キリマ。
彼女たちとヴァンとナディアの関係は、これからどうなるのかはまだわからない。
――――たびたび会いに来るようになった王女たちについて
(第一王女様と第二王女様は、そうして足を運ぶのです。それぞれの思いを胸に)
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