23.貴族の子息たちとの関係について

『ねぇねぇ、ヴァン様』

『ヴァン様っておいしいにおいする』



 魔法棟を歩いていたヴァンに気安く声をかけ、嬉しそうに近づいてきたのは二匹の召喚獣である。


 それは《ブラックスコーピオン》と《ファイヤータイガー》。



 その二体は、小型化して二人の存在に連れられていた。だというのに、ヴァンを見かけて主人を放り出してすり寄ってきたのであった。

 近寄ってきた二体の召喚獣の頭をヴァンはなで、仲良く会話を交わしていた。そうしていればもちろんのこと、二体の召喚獣の主である二人は声を荒げたものである。



「おい! 平民の分際で俺の召喚獣に触るな」

「なんで貴様はそんなに召喚獣になつかれてるんだ!」



 不服そうに声を上げたのは、クアン・ルージーとギンガラン・トルトである。覚えているだろうか、前にヴァンに絡んで召喚獣をけしかけ、「沈め」の一言で退散することになった二人である。



 その時に二人の召喚獣はヴァンと仲良くなっていたのである。しかし、その召喚獣の主たちからしてみれば自分の召喚獣が別の人間になついているということであり面白くないのは当然であった。



「あ、申し訳ありません」



 そしてもう『火炎の魔法師』と呼ばれるディグの弟子になって三か月が経過するというのに相変わらず低姿勢なヴァンであった。クアンとギンガランはヴァンの実力をなんとなく実感して、召喚獣をけしかけたりすることはやめたものの、ヴァンが自分たちにかしこまった態度なのをいいことに態度は上から目線である。


 そしてヴァンが手を出さなければ仕返しをしてこないというのを理解はできたらしい。まぁ、仮にも王宮魔法師の弟子になれるだけの実力がある貴族の子息なのである、そのぐらいの事は理解できるのだ。



『ご主人様、どうしてヴァン様にそんなこというのー?』

『ヴァン様の魔力っておいしいにおいするんだよー?』



 まだ幼い二匹の召喚獣はそういって声を上げる。



 どうやらヴァンが二十匹もの召喚獣と契約できている理由の一つに、ヴァンの持つ魔力が召喚獣たちにとっておいしいらしいということが二匹の召喚獣たちの発言からわかるだろう。



 召喚獣たちとの契約において、対価として魔力が差し出される。いうなればその対価が美味しいから召喚獣たちはヴァンによってくるのである。人間だっておいしいものとおいしくないものどちらによっていくかといえば、圧倒的に前者に寄っていくだろう。それと同じことであった。



「なんでって、お前…こいつは平民なんだぞ」

『ご主人様、ヴァン様見下したらダメだよ? 僕らなんかより怖いのと沢山契約しているんだから!』



 召喚獣としてヴァンを見ていて色々とわかるらしい《ブラックスコーピオン》が自分の主であるクアンを諌めるように言う。



 ヴァンは一目みただけではさっぱりわからないが、二十匹もの召喚獣と契約しているし、魔法も独学で使えるし、普通に考えてそんな異常な存在相手に突っかかっても大変なことになることが目に見えているだろう。というより、ヴァンが英雄の弟子になったからと有頂天になるような性格であったなら確実に報復されている。



 クアンとギルガランにとって幸いだったのは、ヴァンが色々とずれていて貴族に必要以上に牙を剥こうとしないことだろう。

 ヴァンの場合本気を出せば、ディグさえも止めるのが大変だというレベルの異常者なので、ヴァンがこういう性格なのはディグにとっても安堵することであったに違いない。



「怖いの?」

「沢山?」




 よくわからないといったようにクアンとギルガランは声を上げて、訝しげにヴァンの事を見る。

 訝しげな視線を向けられたヴァンは、自分の方が圧倒的に二人の貴族の子息よりも強い癖に縮こまっている。なんともおかしな図である。



 そしてそんなヴァンに変わって、なぜかクアンとギルガランの召喚獣である《ブラックスコーピオン》と《ファイヤータイガー》は自分の事のように得意げに説明をしだした。

 驚くべきことにヴァンは本当に召喚獣に好かれるような体質でも持っているらしい。



『そうだよ! ヴァン様僕らよりも強い召喚獣と契約しているもん』

『私たちは逆らったら一瞬で殺されるレベルだよー』



 《ブラックスコーピオン》と《ファイヤータイガー》がそんなことを言い放つものだから、クアンとギルガランはまた驚いた。



「お前、魔法を使えるだけじゃなくて召喚獣とまで契約しているのか!?」

「ディグ様の弟子になってたった三か月なのに!?」



 驚くのも無理はないことだろう。魔法師の弟子になってすぐに魔法を使えることも十分驚くことだったのだが、それよりも魔法師の弟子になってたった三か月で召喚獣と契約しているということはもっと驚くべきことなのである。なんせ、召喚獣と契約するのには危険が伴う。

 召喚獣がこちらを気に食わないとなれば殺される場合もあるわけであるし、召喚獣と契約をさせるというのはよっぽど実力が泣ければ無理である。魔法師の弟子になって数年たつものでも召喚獣と契約できていないものもいる。ヴァンの姉弟子にあたるフロノスも、まだ召喚獣と契約をすることを許可されていないぐらいなのだ。





「……なんで、驚くんですか?」



 そうしてやっぱりまだ常識がないヴァンであった。



「なんでって、魔法が使えるのもおかしい。しかもお前詠唱ほとんど唱えてなかっただろう!」

「召喚獣は魔法師の弟子になって三か月で契約できるものじゃない!」



 叫ばれて、ヴァンはよくわからないといった顔をする。



「「どういう手を使った!?」」



 二人してそんなことを叫ぶわけだが、ヴァンは困ってしまう。



「どういう手を使ったって……、俺師匠に出会う前から魔法も使えたし、召喚獣もいたからよくわかりません」



そしてヴァンが自覚もなしに常識はずれな事を言い放つものだから、


「「はぁ!?」」




 二人はまた叫ばずにいられないのであった。



 そしてその後も非常識な自分の常識を語りだすヴァンに、二人は一々説明をするわけだが、相変わらずヴァンはあまり理解していないのであった。

 その後、ヴァンを呼びに来たフロノスが見たのは頭に?マークを浮かべているヴァンと説明するのに疲れたのか疲れ切っている二人の貴族子息の姿だった。




 ―――貴族の子息たちとの関係について

 (ヴァンはやっぱり貴族の子息たちからしても非常識な存在なのであった)

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