24.第三王女様の学びについて 上
第三王女であるナディア・カインズはそれはもう美しい少女である。
将来が楽しみだと国内外から騒がれる美しさを持つ王女様だ。しかし、それだけだ。
ナディア・カインズは言うなればその『美しさのみ』をささやかれる少女であった。それは言うなれば、その美しさ以外にナディアに特筆すべき点がないという話になる。
だが、ナディア付きの侍女たちは理解していた。
自分の主でもあるナディアがあえてそういう存在を演じていることを。
二人の殿下をお産みになった王妃殿下は、王妃の余裕というものもあるだろうが、出来た人であり、シードルが可愛がるナディアにもよくしている。しかし、二人の側妃とその娘たちはナディアの事をよく思っていない。美しく、それでいて国王陛下に可愛がられているというだけで手を出してくるようなちょっと困った人たちなのである。
そう、それを理解していたからこそ、ナディアは今まで必要最低限に様々なものを学ぼうとはしてこなかった。自分を磨こうともしてこなかった。
それは側妃とその娘たちが面倒だとそんな風に思っていたからに他ならない。
しかし、ナディアはヴァンに出会って決意した。
ヴァンに守られるにふさわしい存在になろうと。
本人は自覚が全くないが、ナディアはディグ同様にヴァンがこれから活躍するだろうと思っている。寧ろ大量の召喚獣と契約し、『火炎の魔法師』の弟子にまでなった存在が活躍しないなんてありえないとさえ考えている。
だからこそ、そのヴァンが一心に守っているナディアが、『美しいだけ』というのはどうだろうか、とナディアは考えたのだ。
ずっと自分を守ってくれた存在が守るにふさわしい王女になりたい。
そう、願ったから。そう、望んだから。
三か月前からナディアは積極的に講師を呼んで、必要以上の事まで学びだした。
王位を狙う気はないことは、シードルより、王妃殿下に伝えてもらっている。王妃殿下であるマラサ・カインズは才女であり、その才能によりシードルの手助けをしており、シードルからの信頼も厚い。
問題なのは、二人の側妃とその娘である。
ナディアの腹違いの姉である第一王女と第二王女は、母親に感化されているのか知らないが、ナディアに会うたびに突っかかってくるのである。
今回こんな風に突然にナディアが行動し始めた事に、彼女たちは何を危惧しているのかわかったものではないが、ナディアに対する嫌がらせを増やしている。
先日、シードルに嫌がらせがあったことを言ったこともあって、護衛も少しは増えているのだが、それをかいくぐってまで嫌がらせをしてくるのだから、ナディアは色んな意味で呆れていた。
『ナディア様、虫食べておいたから!』
「ありがとう、フィア」
どうやら嫌がらせとして置かれていた虫は、《ファイヤーバード》のフィアの腹の中へと納まっていたらしい。
現在、ナディアは講師の方々に課せられた課題をこなしていた。
自分の評判を上げるために、いつかヴァンが活躍した時に守られている自分がふさわしくあれるようにと勉強をこなしていた。
元々手を抜いていただけであって、筋は良かったのだ。そんなナディアが本気を出して自分を磨き始めたのだ。
『美しいだけ』ではないと、この三か月だけでも少しずつ広まりつつあった。
今、ナディアの目の前に姿を現している召喚獣はフィアだけだが、実はもっと色々と潜んでいるらしい。最もそれをフィアから聞かされたからといって、ナディアがそれをどうこうしようなどとはしないものだが。
寧ろナディアは周りに召喚獣たちが潜んでいる事実に安堵していた。それは信頼しているからだ。自分の事を守ってくれると、何があっても大丈夫だと。そんな風に安心できるからだ。
そもそも、ナディアがこうして側妃たちに狙われてものほほんと過ごせるのはヴァンの召喚獣たちのおかげである。
本に視線を移しながらも、与えられた課題をこなすナディア。
現在やっている課題は、この国の歴史についてだ。この三の宮の中で、やることもあまりなく本ばかり読んでいたナディアはそれなりにカインズ王国の歴史について知っていたつもりだったが、本気で勉強を始めてみると知らないことが多くて、それを学ぶことをナディアは楽しいと考えていた。
今までも勉強が嫌いなわけではなかった。でも側妃たちが面倒だからと手を抜いて、ここまで真面目には取り組んでいなかった。
真面目に取り組んでみて、講師たちからも褒められ、王宮内の限られただけの本からだけでは得られない知識なども身に着けることが出来、ナディアは満足していた。
『ナディア様は頑張り屋さんだな!』
フィアは不敬罪とでも怒られそうな口調でナディアに話しかけていたが、ナディアはそれをとがめることもせずに笑っていた。
「ヴァン様に守られるのに相応しい王女になりたいもの」
『主も幸せものだな! ナディア様がそうやって頑張ってくれるなんて』
そう告げるフィアの声はそれはもう嬉しそうだった。
まぁ、それも無理のない話であろう。フィアはヴァンがどれだけナディアに懸想しているか知っている。ナディアを大切に思い、ナディアのためにと召喚獣たちをよこしていたことを知っている。
そして主の命令だからこそ、フィアはナディアを守っている。フィアは主であるヴァンの事を気に入っているが、その他の人間たちに関心は特にない。でもナディアだけは別である。
人に興味をあまり持たないヴァンが大切に思い、心の底から守りたいと願っている存在。そして二年間も見てきて、守ってきたからこそ、フィアはナディアに愛着を持っていた。
そんなナディアがヴァンの事を怪しむわけでもなく、嫌がるわけでもなく、好意的に感じてくれている。それだけでもフィアは嬉しかった。
だって、ヴァンの行動は傍目に見てもただの不審者である。勝手によくわからない存在に守られているなんて、それを恐れても仕方がないのに、その事実をナディアは受け入れていたのだ。
『主はナディア様の事大好きだからな!』
「ふふ、そうね。ヴァン様ってば、隠しているつもりみたいだけど態度でバレバレだわ」
ヴァンは一応、本人的にはナディアを好きな事を隠しているつもりらしいが、バレバレである。それを思ってナディアは問題を解きながらも笑っている。
「ヴァン様、私の前だと凄いおとなしくて、戸惑っていて可愛くて……」
『……主を可愛いなんていうのナディア様ぐらいだぜ』
そもそも他人に関心を持たないヴァンがあれだけ動揺した姿を見せるのはナディアの前だからであり、それ以外では特に可愛げもない少年である。色々とずれているヴァンは神経が図太く基本的に緊張はしない。でもナディアの前では挙動不審である。
そしてフィアが呆れたのはもう一つ、ナディアはヴァンが魔法を使えて、召喚獣を大量に従えている事を知っている。そして知っておきながら可愛いなどと口にしているのだ。
ヴァンも色々普通からずれているが、ナディアも色々とずれている王女様ともいえるだろう。
「だって可愛いんですもの」
にっこりと笑って、ナディアは課題をこなしていくのであった。
―――第三王女様の学びについて 上
(第三王女様は守られるにふさわしい存在を目指している)
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