第二章 片鱗を見せる。

22.第三王女とガラス職人の息子の関係について

さてさて、ヴァンが『火炎の魔法師』の弟子という立場になってからはやくも三か月ほど経過していた。



 その間に、ヴァンがディグの弟子になったことが気に食わない存在が突っかかってきたりとしていたが、すべて返り討ちにあっているのもあって最近ではそういうのも少なくなっていた。



 そして、ヴァンが現在何をしているかといえば――、


「ナ、ナディア様、ご招待ありがとうございます」


 ナディアと話していた。



 あの後、国王陛下との顔合わせが終わったのちに、ナディアはヴァンを呼び出した。そして今まで守ってくれたことに対するお礼を言われた。それに対してもちろんのこと、ヴァンはあたふたしていたわけだが、その後なんだかんだで「適度にお話ししましょう」とナディアに言われ、こうして時々招待されては、会話を交わしていたりする。



 もう三か月も経過するというのにいまだに緊張してならないのか、ヴァンは相変わらずの様子である。

 そんなヴァンの事をナディアとナディアを守るために存在する召喚獣たちは面白そうに見ていた。



「ふふ、ヴァン様、そんなに緊張なさらないで大丈夫ですわよ?」


 にこにことナディアは笑っていた。



 ヴァンに心を許しているというか、ヴァンの事を見てほほえましいとでも思っているのか、よくわからないがとりあえず満面の笑みである。

 笑みを浮かべるナディアは、それはもう美しかった。

 見ているだけで十分だった存在が目の前にいること、そして自分に微笑みかけていること、それを実感するだけでヴァンは正直正気でいられなかった。




「え、は、はい」

「ふふ、ヴァン様はいつまでたっても私に慣れてくださらないのね」

「え、っと、だ、だって」

「だってなんですの? どうして私の前だとそんな風なのですの?」

「そ、その、なんでって、俺はその」



 ナディアの言葉に、顔を赤くして、好きだなんて言えないとばかりに視線をさまよわせているヴァンは、正直言って召喚獣を二十匹も従えている異常な存在には欠片も見えない。

 そこにいるヴァンはただのウブな少年か何かにしか見えない。

 そんなヴァンの様子を見つめるナディアの目は、愉悦に歪んでいる。


(ふふ、ヴァン様可愛いですわ! 私より二つも年上だというのに、何でこの方はこんなに可愛いのでしょうか。思わずニヤニヤしてしまいそうですわ)




 そう、ナディアは自分へのバレバレな感情を理解したうえで、ヴァンの表情とかが可愛いためあえてそんな態度をしていた。



 国王に可愛がられて生きてきたとはいえ、王宮という魔窟で生活している王女様である。母親が死んでいるという微妙な状況の中で嫌がらせをされながらも生きてきた王女様である。

 人から向けられる感情ぐらい理解していた。


「……秘密です」



 顔を赤くしたまま、視線を明後日の方向にやって結局そんな風にしか答えられないヴァンの事を、ナディアは心の底から可愛いと感じていた。




(召喚獣を大量に従え、王宮に忍び込ませるほどの実力者で、魔法だって使えるといいますのに……、それなのにこんな風な様子を見せるなんて本当にヴァン様って可愛いですわ)



 ナディアは相変わらずにこにこと微笑んでいる。

 そしてその美しい笑みをヴァンは直視出来ないようで、視線をさまよわせている。



「そうですの、いつか教えてくださいね」



 それは案にいつか告白してくださいね、と言っているようなものであるが、ヴァンは気づかない。



 ぶっちゃけた話を言えば、ナディアは父親からディグから提案されたという「ヴァンをナディアと結婚させて国に縫い付ける」という話は聞いており、それでもいいかなと思っていた。



 結局王女なんてものは、他国へ嫁がされるか、国内の有力貴族などに降嫁されるかの政略結婚の道具にされるべきものである。

 王族とは国のために存在するものであり、私情で好きな人の元に嫁ぐなんてものは物語の中以外では滅多にない話である。



 そしてヴァンは降嫁をしてでも国にとどめておくべきだと国王陛下と『火炎の魔法師』の双方が考えるほどの実力者であり、ナディアはヴァンを可愛いと思っており悪い感情は抱いていないのだから、どうせ政略結婚の道具にされるぐらいならヴァンに嫁ぐ方がいいなーなどと思っていたわけである。



 そんな周囲とか、ナディア様の思惑を知らないのは当の本人だけである。相変わらず英雄の弟子になろうが、ヴァンの自身に対する認識は一般的な平民と対して変わらなかった。



 この三か月、ディグはヴァンに自覚するように何度も言ったのだが、相変わらず話は聞いているが理解していないといった状況であった。



『相変わらず色々鈍いな、主は!』

『ご主人様が緊張してて面白い!!』

『………主様、何している』



 声を上げたのは、成り行きを見守っていた三匹の召喚獣だ。



 《ファイヤーバード》のフィア、《スカイウルフ》のルフ、あともう一匹は《サンダーキャット》のトイリである。



 《スカイウルフ》は空色の毛並を持ち、空を駆けることが出来るとされている召喚獣で、《サンダーキャット》は黄色い派手な見目を持つ雷を扱うことが出来る召喚獣だ。それぞれが小型化している。

 召喚獣だとばれた時から彼ら、結構ナディアの前でも喋るようになっているらしかった。



 そしてヴァンの鈍さや、緊張している様などを皆して笑っていた。

 ヴァンと召喚獣たちとの関係というのは、何とも気安いものであった。



「……ナディア様の前で余計なこと喋るな」

『だって主鈍すぎるし』

『ご主人様、緊張するとか珍しいし』

『主様、なんか様子が変すぎて怖い』



 ヴァンがキッと騒ぐ召喚獣たちを睨みつけて告げた言葉にも、そんな答えがかえってくる。




「本当にヴァン様は召喚獣様たちと仲が良いのですね」

「ま、まぁ、フィアとか二年の付き合いですし……」

「ふふ、私を守りたいからって契約してくれたのでしょう。本当にありがとうございますわ」

「え、えっと俺、お礼言われること、してないっていうか、俺がしたくて勝手にしていることだから、その…」




 ナディアの言葉にヴァンはまた慌てだす。



 そんな様子を見て召喚獣たちはまたからかうように気安い言葉をかけてくるのであった。

 そんな感じでナディアとヴァンは交流をしていた。





 ―――第三王女とガラス職人の息子の関係について

 (この三か月の間で仲良くなっているのでした)

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