21.ガラス職人の息子と第三王女様の決意について

「ナ、ナディア様と目があった」

「………お前さ、一応仮にも国王陛下の御前に顔を出しているわけで、お前がナディア様の事大好きなのは知っているけれど、ナディア様ばかり見て陛下の話聞かないとかアホすぎだろ」



 顔合わせが終わった後のヴァンの第一声に対して、ディグは思わずといったように突込みを入れる。

 先ほどの顔合わせの間、ヴァンはひたすらにナディアの事を見ていた。



(陛下の前にいてナディア様に意識が行き過ぎて陛下の話を聞いていないとか馬鹿だろ)




 と呆れと同時に何とも言えない気持ちに成り果てているディグであった。



 普通、国王陛下との謁見がかなったのなら緊張してそれどころでないものだろう。ましてやヴァンは平民であるのだから、余計にそういう兆候があっても良いとさえ思うのだが、そんなものそっちのけでヴァンはただナディアの事を見つめていたのである。



「だ、だってナディア様がいるんだもん」

「いや、それ理由になってねぇよ」



 ナディアがいればナディアに視線を向けずにいられないらしい。そんなヴァンはやっぱり色々おかしい。

 魔法棟へと帰る通路で、二人は会話を交わしていた。周りに誰もいないが、いたらいたで二人の会話に突込みを入れることだろう。



「師匠、俺頑張る!」

「……突然、なんだよ」



 突然、大きな声をあげたヴァンに、ディグは耳をふさいでといかける。



「ナディア様の事やっぱ、俺好きだから。ナディア様が危険な目に合うのとか絶対にやだから、守れるように俺、頑張る!」

「もう十分守っているだろ」

「もっと! もっとナディア様が笑って過ごせるように、俺頑張る! ナディア様を守るのに相応しい存在になりたい」

「そうか、まぁ、やる気を出しているならいいか」



 今でも十分ヴァンはナディアの事を守っていると思うのだが、どうやらナディアの事を見たことによってもっと頑張りたいと願うようになったらしい。

 なんだかやる気に満ち溢れてあまりこちらの話を聞いていないヴァンにディグは呆れた目を向けるのであった。


 そしてガラス職人の息子はやる気を出す。




















 *







「あやつ……、俺が目の前にいるというのにナディアの事しか見ていなかったな」

「ええ、そうですわね。ヴァン様はずっとこちらを見ていらしゃいましたわ」




 顔合わせが終わったのち、シードル・カインズとナディア・カインズは会話を交わしていた。



 つい先ほどはじめてみたヴァンがあまりにも王の事を気にせずにナディアの事をちらちら見ていたことに王は呆れの表情を浮かべており、対してナディアはどこか楽しそうにその美しい顔を緩ませている。


 ヴァン様と、ヴァンの事を呼ぶ声はやわらかかった。



 今回は国王陛下と『火炎の魔法師』の弟子の公式な顔合わせの場ということで、ナディア自身ヴァンと会話を交わすことはなかったが、それでも今まで一切姿を見せることのなかった自分を守ってくれている存在の事を間近で見れたことがナディアにとっては嬉しいことであった。




「……ナディアは、あやつの事をどう思ったのだ? ずっと守ってくれていたとはいえ、今まで姿を現さなかった得体のしれない存在であることには変わりがないわけだが」




 一応確認するように王は問いかける。



 

「もう、お父様ったら得体のしれないなんて……、そんな言い方して!」



 と、ナディアはいったん告げて、その後あっけからんとして言った。




「可愛い方だと思いましたわ」

「は?」




 召喚獣を二十匹も従わせる異常にして、恐ろしい可能性を秘めている少年を見た感想がそれか、とシードルは予想もしていなかった言葉に思わずといったように声を上げた。

 そんなシードルに対して、ナディアは笑顔で語る。



「だって可愛いではないですか。私よりも二つ年上という話でしたが、私のほうをちらちらと見て、目が合うと恥ずかしいとばかりに目をそらしていたのですもの。顔を赤くしていて、こちらをキラキラした目で見ていて、年上の殿方にこのような感想をもつのは失礼なことかもしれませんが、私はあの方を可愛い方だと思いましたの」



 ナディアはにこにこと笑っている。



 父親であるシードルは、こんなに楽しそうに笑うナディアを見るのははじめてだった。というか、ヴァンとかかわることによってシードルの中の可愛い守ってあげなければならない娘というナディアの像がどんどん破壊されていっている。



「ねぇ、お父様! 今度は公式な場ではなく、ヴァン様にお会いしてもいいですわよね? ヴァン様にお礼を言いたいのですもの」

「あ、ああ」



 シードルはおとなしいと思っていた娘の驚くほどの勢いのある言葉にたじろぎながら頷く。



「ふふふ、私が直接お会いしてお礼をいったらヴァン様はどんな表情を浮かべるのかしら。楽しみですわ。ヴァン様は召喚獣を二十匹も従えているような方ですし、将来的に見ればあの方はこの国にとってもなくてはならない存在になるでしょうし、よし、決めましたわ」



 なんだか一人でべらべらと喋っていたナディアは突然そういって続けた。



「私、あの方に守られるのに相応しい王女になって見せますわ!」

「へ?」

「今まで側妃様たちが面倒だからって理由で必要ないからってあまり真面目に勉強とかにも取り組んでおりませんでしたけれど、ヴァン様に守られるにふさわしい王女になるためには評判も上げる方がいいですわね。うん、王位を狙っているなどと勘違いされても面倒ですけれども、もし何かあればヴァン様が守ってくださるでしょうし、よし、お父様、私これからがんばりますわ!」

「え、あ、ああ」

「そうと決めたらさっそくお勉強ですわ! この国一評判の良い王女になってみせましょう!」



 ナディアは第三王女である。母親も死に別れ、王宮の中でも微妙な立場の王女である。今までは王位を狙っているなどと思われるのも面倒だという思いから評判なども特に気にせずに、勉強もわかってはいてもわからないふりをしていた。



 だけど、ヴァンに出会った。

 自分を守ろうとする少年に守られるのに相応しい人物になりたいと思った。

 そして第三王女の躍進は始まる。





 ―――ガラス職人の息子と第三王女様の決意について

 (ガラス職人の息子はナディア様を守るのに相応しい存在を、第三王女はヴァンに守られるようにふさわしい存在を、それぞれ目指す決意をする)

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