18.国王陛下と第三王女について
ヴァンの初恋の相手であるナディア・カインズは、国王陛下の三番目の側妃の娘であった。
国王の寵愛を欲しいままにしていた寵妃は今はもう亡くなっている。
現王、シードル・カインズは情の深い王である。今は亡き寵妃の娘であるナディアの事を誰よりも可愛がっていた。
さて、この度、可愛がっている娘の周りに召喚獣たちがいること、そしてそれを従えているものがディグ・マラナラの弟子になったこと、その者が可愛い娘であるナディアに惚れていること、など様々な情報がシードル・カインズへともたらされた。
シードルは、未だ、その弟子―――ヴァンには会えていない。正式な手続きを踏んで、後日会合をすることになっている。
そして、現在、シードル・カインズは自室にナディア・カインズを呼び出していた。
「お父様、私を呼び出すなんてどのような要件ですか?」
シードルの自室を訪れたナディアは、鈴のなるような愛らしい声で問いかけた。
ヴァンがディグの弟子になってまだ数日しか経過していない。ナディアは、ディグの弟子ができたことはしっていても、あまり誰ともかかわらずにのんびりと過ごしているような王女であるのもあって、その弟子が自分を守ってくれている召喚獣たちの主とまでは知らないのである。
「ナディア、お前に話しておきたいことがある」
「お話したいことですか? なんでしょうか?」
首をかしげるナディアはそれはもう美しかった。シードルは自分の溺愛する娘の可愛さに一瞬狼狽える。
(ディグの弟子になったものをこの国につなぎとめるためにナディアと結婚させるのが一番などとディグは言っておったが、こんなに可愛い娘を簡単にやれるわけなどない。そもそもナディアが嫌がるのであれば、この国に天才をつなぎとめるためとはいえ、そんな話をすすめるわけにはいかない!)
シードル・カインズはそれはもう、ナディアの事を溺愛していた。
王族であるために、政略結婚は仕方がないとはしても、ナディアにそれなりの幸せを経験してほしかった。
「ナディア、お前の周りに大量の召喚獣がいたことはディグに聞いているな?」
「はい、知っておりますわ。私はただの動物だと思っておりましたけれど、あの子たちが召喚獣だなんて驚きましたもの」
「そうか。では、その召喚獣の主についてはどれだけ知っている?」
「大量の召喚獣と契約しているガラス職人の息子ってことは知っておりますわ。ディグ様が私の目の前で召喚獣の一匹を捕まえて問いだしておりましたもの」
「そうか。実はだな、その少年をディグは弟子にした」
シードルがそう告げた時、ナディアはそれはもう驚いたように目を見開いた。
「まぁ、そうなのですか!」
そして、声を上げる。
その声はどこか嬉しそうである。
「ディグ様の弟子になられたのですね。なれば、お会いすることもできるでしょうか?」
赤色の瞳を喜々として輝かせて、そんな言葉を続ける。
自分の周りに無許可で召喚獣をやっていた少年に会いたいという口ぶりの娘に、シードルは少し驚く。そんな得体のしれない存在の召喚獣が傍にいたということにナディアが怯えるかと思っていたらしい。
シードルはナディアを可愛がっているが、王ということもあって常に一緒に居れるわけではなく、ナディアの性格を正しく理解しているわけでもなかった。シードルにとってナディアは可愛い娘でしかなく、王の前にいるナディアはいつだって素直で優しい少女であった。ちょっとしたことでおびえると勘違いしてしまっていたのも、時々しかナディアに会うことが出来ないからである。
「ナディア……、お前は、その、恐ろしくないのか」
「恐ろしい? 召喚獣とその主である方の事ですか? そんなこと思うはずありません! 私が危険な時にいつだってあの子たちは私の危機を助けてくれました。何かあった時、あの子たちが……ずっと動物だと思っていましたけれども、助けてくれるって確信があったからこそ、私は安心して生きてこられたのです。召喚獣であるというあの子たちが私をそうまでして守ってくださったのは、主である方が私を守るようにと指示を出してくれたからでしょう。二年も前から私の事を気にかけ、私の事を守ってくださった方のことを恐ろしく思うなど、そんなこと思うはずがありませんわ!」
ナディアははっきりとそう告げた。
そう、ナディアにとってみれば知らないうちに自分の傍にいて、自分の事を守ってくれた、どういう存在か今までわからなかったにせよ、ずっと自分を気にかけ、守ってくれたような存在に感謝こそしても恐れるなんて感情はなかった。
事実、ナディアは様々な危機をヴァンの召喚獣たちによって助けられてきた。どんなに緊張する場所に顔を出す時でも、召喚獣たちがいてくれるから大丈夫と安心して、堂々と前に出れた。
(いつだって助けられてきたのは私で、私は私をずっと守ってくれた方に何も返せていないどころか、お礼の一つも言えていないんだもの)
ずっと助けられてきた。
ずっと支えられてきた。
ずっと守られてきた。
だというのに、ナディアは何も返せていない。お礼の一つも言えていない。それが嫌だった。
今回、ディグが召喚獣の主を知りたいということで、嗅ぎつけてくれたからこそ、ようやくその主に会えるチャンスが到来したのだ。
お礼を述べたいと望むナディアがそれに食いつかないはずもなかった。
「そ、そうか。って、二年も前からなのか?」
「ええ、そうですわ。ディグ様に聞いておりませんでしたか?」
「なぜ、それを俺に告げなかったのだ。それに危険な目にあっていたというのは……」
「最初は動物だと思っておりましたし、私は彼らの存在に助かったことはあっても困ったことはありませんでしたから。
危険な目に合っていたというのは、そうですわね、私がお父様に溺愛されているからと少々嫌がらせをされていた程度ですわ。大事にするほどのことではない程度の嫌がらせでしたし、大きい嫌がらせは召喚獣たちがどうにかしてくれていたようでしたので、特に問題はありませんでしたの」
ナディアは父親の事が好きだった。だから自分にされているしょうもない少々の嫌がらせで父親の手を煩わせることはしたくなかった。
だから、対処できる範囲のものは父親に言っていなかった。それにナディアは王に溺愛されているので、気に食わないと嫌がらせをしてくるものも、命まで奪おうというような嫌がらせはしてこなかった。してきたとしても召喚獣たちが助けてくれて問題はなかった。
「……言ってくれればこちらでどうにかしたのだが」
「お父様の手を煩わせたくはなかったのですわ」
「しかし、護衛を増やした方がいいのではないか」
「大丈夫ですわ。あの子たちが――……、いつも助けてくださる召喚獣様たちがいますもの」
「ナディアは召喚獣とその主を信頼しているのだな……」
「当たり前ですわ。私をずっと助けてくれた召喚獣とその主様ですもの」
にっこりと笑うナディアの顔には信頼が浮かんでいた。心からナディアはあったこともないというのに自分を守ってくれている召喚獣の主――ヴァンの事を信頼していた。
その表情を見て、シードルは自分の考えが杞憂であったことに気づく。娘はたとえ、召喚獣の主である少年との結婚をすすめても嫌がりはしないだろうと思えた。
最も結局どうするかは、これから色々見極めてからの話になるが。
「そうか。なら、ナディア。明日その召喚獣の主と会うことになっているのだが、お前もともに来るか?」
「いいんですの? 喜んでともに居させていただきますわ」
そういってナディアは満面の笑みを浮かべるのであった。
――国王陛下と第三王女について
(第三王女様の心は、ガラス職人の息子に対する感謝であふれている)
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