17.魔法棟で絡まれたことについて
カインズ王国最強の魔法師にして、『火炎の魔法師』の名を持つディグ・マラナラに新しい弟子ができたことはすぐさま王国中に広がった。それだけのことなのである。
それに加え、ディグ・マラナラはフロノスを弟子にとって以来誰も弟子にすることはなかった。
カインズ王国の有力貴族が自分の子供を弟子にしようとしても断ったりもしていた。
だというのにどこの誰かもわからないような平民の少年を弟子にする価値があるとしたわけだから、それはもうディグ・マラナラの弟子になりたくて仕方がなかった連中はといえば、良い気持ちをヴァンに抱くわけがないのは当たり前だろう。
さてさてそんなわけで、ディグ・マラナラから指導がない間魔法棟の庭園でのんびりと過ごしていたヴァンは絶賛絡まれ中であった。
「なんでお前みたいな平民があの方の弟子になれたんだ!」
「貴様みたいなやつが―――」
などと文句を言っているのは、明らかに貴族風の二人の少年である。
事実、彼らは貴族の子息であった。美しい銀色の髪を持ち合わせ、どこか少女にも見える顔立ちを持つ少年の名はクアン・ルージー、もう一人の黒髪で、ヴァンを見下しきった目で見ている少年の名はギルガラン・トルトである。
二人ともディグ・マラナラに弟子になることを申し出て、断られたという経歴を持つ。現在は他の王宮魔法師の弟子としてこのカインズ王国、王宮の魔法棟に滞在しているのである。最も二人の場合、実家から毎回ここに通っているという形であるが。
そして絡まれたヴァンはというと困っていた。
(貴族様に絡まれるなんてどうしよう)
と、そんな当たりまえの平民と同じような思考に陥っていた。
正直な話をすれば、王宮魔法師の弟子で貴族である彼らよりも、王国の英雄の弟子になったヴァンの方が発言力があるともいえるのだが、そんなことヴァンは知らない。そもそも王国の最強の英雄の弟子になろうが、ヴァンは驕ることもなく、今までと同じようなどこかずれた思考回路しか持ち合わせていないという何とも残念な具合であった。
平民として生まれ、平民として育ったヴァンは、貴族様には逆らうべきではないという思考がインプットされている。間違ってもディグの弟子になったからといって貴族様より自分が偉いなどという思考は一切なかった。
「そんなこと言われましても、そういうのはディグ様に聞いてください」
困ったようにそれらしい敬語を使ってヴァンは告げた。
そんな態度がまた、二人の気に障ったらしい。
二人の少年は逆上したように声を上げて、召喚獣を呼びだす。
現れたのは、二匹だ。一人一匹。クアンの召喚獣は《ブラックスコーピオン》、ギルガランの召喚獣は《ファイヤータイガー》。
現れた二匹ともに、小型化していない二匹の大きさはそれなりだ。
黒々としたその存在は、ヴァンの腰ほどの高さほどまで胴体がある。長く伸びた尾は一種の凶器である。
真っ赤な毛並を持つその存在は、人ひとり乗せて走り回れるぐらいには大きい。その牙や爪は凶悪だ。
《ブラックスコーピオン》と《ファイヤータイガー》を見て、ヴァンは首をかしげた。
同じ系統の《レッドスコーピオン》と《ホワイトタイガー》などの召喚獣と契約しているヴァンであるが、小型化していないその二匹は正直言って自分の契約しているそれらに比べて小さかった。ほかの人間の召喚獣なんてほとんど見た事のないヴァンにとってみればそれは不思議なことであったらしい。
ヴァンはおびえるわけでもなく、ただ不思議そうに二匹を見ている。
クアンとギルガランからしてみれば、また、そのような態度が気に障ったらしい。そもそも見るからに平凡そうな、どうしてディグの弟子になったのか一目みただけでは決して理解もできないであろうヴァンが数多の召喚獣を従えているなど、二人が察することができるはずもなかった。
召喚獣を見れば、ヴァンも竦みあがり、自分たちの前にひれ伏すだろうなどと馬鹿げた考えを持って召喚獣を呼び出した二人はヴァンの態度に苛立っていた。
そして二匹に向かって、それぞれ命令する。
「あいつに痛い目をあわせろ」
「お前もだ、いけ!」
そんな風に命令をする。
その命令に二匹は襲わなければならない対象が如何にも平凡そうな少年であることにためらいを見せるものの、主人の命令をきこうと動き始めた。
しかしだ、そうやって襲い掛かられておとなしくやられるヴァンでは決してなかった。
(召喚獣に攻撃されるとか、怖い。痛いのやだ)
そんな思考回路に陥ったヴァンは、向かってきた二匹に向かってただ一言言葉を発した。
「沈め」
たった一言。
でも、そのたった一言でもヴァンの魔法は成立する。
契約主であるクアンとギルガランが何が起こったのか全く理解できないうちに、文字通り二匹の召喚獣は地面へと沈んだ。
うめき声をあげながらも、地面へとひれ伏す。
「なっ、お前、何を…」
「何をした!!」
「あーっと、痛いの嫌なので、魔法使いました」
食って掛かられて、素直に口にする。
その言葉に、「「はぁあ!?」」と叫んでしまった二人の貴族であった。
それもそうである。魔法とは、たった一言で発動できるものではない。確かに、ディグ・マラナラほどの実力者となればそれだけのことができるが、普通の魔法師ならまず無理である。
だというのに、目の前のどこにでもいる平凡そうな少年がたった一瞬で魔法を成立させたなどといっているのだ、目を剥くのも当たり前のことである。
「お前、魔法使えるのか!? ディグ様の弟子になったばかりなのに!」
クアンの驚きももっともなことだ。基本的に魔法師の弟子になって魔法は習うものである。
魔法師に教えを乞うわけではなく、なんだかんだで独断で魔法を行使できるヴァンはやっぱり異常な存在なのであった。
「できますよ。魔法使うぐらいなら」
なんて軽くいっているが、色々おかしい。そしてクアンとギルガランは得体のしれないものを見る目でヴァンの事を見て、そしてわけがわからない存在の事を恐れてか逃げ出していくのであった。
―――ヴァンの魔法によって地面にひれ伏せたままの二匹の召喚獣を置いて。
結局その後は、魔法を解除して、なぜだかクアンとギルガランの召喚獣と仲良くなって、召喚獣たちとのお喋りはフロノスが迎えに来るまで続くのであった。
――――魔法棟で絡まれたことについて
(絡まれてもマイペースなヴァンなのであった。そして相変わらず自身の異常性に自覚なし)
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