16.英雄はとりあえずヴァンに異常性を理解してもらうことにしたことについて。

 さて、ガラス職人を継ぎ平凡に生きようと考えていた自称平凡、周りから見たら色々おかしい少年は『火炎の魔法師』と呼ばれる王国最強の英雄の弟子になることになった。



「ん、ここはって、そうか」



 ヴァンは、ベッドの上で目を覚まし、昨日とは違う部屋に一瞬驚き、そして納得する。



 昨日、国王の元からかえってきたディグは「遅いから詳しい話は明日だ」などといって、部屋に案内するだけで終わった。ヴァンに与えられた部屋は、ディグの研究室のすぐ隣である。フロノスの部屋もまた、この魔法師たちの研究練の最上階に存在している。



 元々この部屋に常備されている家具だけ見ても平民であるヴァンからしてみれば手を出せ無いような高価なものが溢れているように思えて、ヴァンは自分に与えられた部屋だというのに、落ち着きがない。



 正規の王宮魔法師でもないのにこうして個別に部屋が与えられるのは、ディグ・マラナラという英雄がそれだけこの国において重要視されているからだ。

 この国最強の魔法師にして、英雄。

 そんな存在が弟子にするほど才能にあふれている、そういう存在だからこそ融通が利くのである。



(本当に俺が、あの『火炎の魔法師』の弟子になったのか)




 ベッドの上に座り込んで、思わず呆けたように思考してしまうヴァンであった。昨日の出来事はあまりにも正直そこまで現実味がわかないものであった。

 もしかしたら夢なのでは、とさえ思ってしまうほどに平民であるはずの自分があっさりと英雄の弟子などという立ち位置になってしまったのだ。無理もない事である。



 そしてこの期に及んで、自分に才能はある、ナディア様の隣に並べるというディグの言葉をいまいち理解していなかった。要するに自分が如何に色々と普通とは違った存在であるという自覚が相変わらず欠片もなかった。


 英雄に興味をもたれ、英雄に弟子にされる存在が普通であるはずがないというのにそういう認識がないのであった。

 あくまで感覚的にヴァンは普通の平民であった。



 そうしていれば、コンコンッと部屋がノックされる。



「起きている?」



 それは、フロノスの声であった。



「は、はい」

「ディグ様がお呼びです。すぐに来なさい」

「はい!」




 ヴァンは勢いよく返事をすると慌てて着替えを済ませて、部屋を出るのであった。

 それから部屋の外で待っていたフロノスの後をついていき、ディグの部屋へと向かう。



 ノックをして、返事も待たずにフロノスは扉を開ける。そしてヴァンは驚いた。

 椅子の上に無気力に座り込み、だらしない様を見せているディグである。



「ディグ様! もう、なんてだらしない恰好をしているのですか! ほら、彼も反応に困っているでしょう!」

「あぁ? 来たのか」



 自分で呼んでおきながら酷い言いぐさである。



「おい、ヴァン」

「な、何?」

「……お前、今もナディア様のもとに召喚獣やっているのか?」

「え、ま、まぁ」

「俺がお前を捕まえた時もか?」

「当たり前です」

「お前、何匹召喚獣と契約している?」

「フロノスさんにもいったんだけど、二十匹」



 言った瞬間、ディグは驚いて固まった。ちなみにフロノスに関して言えば、ヴァンの事をあまり詳しく聞いてなかったため、ナディア様のもとに召喚獣をやっているってどういうことなのだろうと混乱していた。



 後にも先にもディグ・マラナラをこれほど驚かせる存在などヴァンぐらいだろう。



「……二十匹?」

「うん」

「お前、世界征服でもする気か?」

「え、なんで?」



 思わずつぶやいた言葉に返ってきた不思議そうな返答に、ディグは頭を抱えたくなった。



(こいつ、とっ捕まえた時も思ったけれど、色々自覚なさすぎだろ)



 と、その一点にである。なんだか色々ずれ過ぎである。

 そもそも召喚獣をそれだけ従えていたら何かしら志すなり、英雄になろうとするなりするものであろう。そこまでの力がありながらそれがどういうものかきちんと把握していないというのは第一危うい。



 そもそも見つけたのかディグではなく、もっと危険な存在だった場合だましてでもして利用されていた未来がなんとなくディグには想像できた。

 比喩でもなく召喚獣を二十匹もひきつれていたら世界征服でもできそうだ。




「ヴァン、お前、二十匹召喚獣連れていることが異常だとは理解しているか?」

「異常? え、だって俺みたいな普通の平民でもこれだけできるんだから王宮魔法師はもっとすごいんでしょ?」

「なわけあるか!」



 思わず叫んでしまったのも無理はないといえば無理はない。色々とヴァンは常識にかけすぎている。そもそも平民でありながらどうやって召喚獣を従えたのだろうか。それを疑問に思ったディグは叫ばれて驚いているヴァンに頭を抱えたくなりながらも問いかける。




「……つか、どうやって召喚獣と契約したんだ? 平民なら召喚獣を呼び出す魔法も知らないだろう」

「図書館いって借りて適当にやったら呼び出せた」

「…………適当、ねぇ。それどうやって契約したんだ?」

「襲い掛かってきたから魔法うって、なんか気に入られて、よくわかんないけど適当に契約した」

「………………ちょっと待て、魔法はどうやって覚えた」

「それも図書館いって、俺文字そこまで読めないからちょっとしかわかんなかったけど、それでもなんかやってみたらできた」





 そんな会話を交わすディグとヴァン。それを横で聞きながらフロノスは驚愕に、そして確かな恐怖に震えそうだった。


 昨日も適当に従えたとは聞いていた。けれど、本当に目の前の存在はでたらめであったから。でたらめすぎて恐ろしかったから。こんな存在と平然と会話を交わす自分の師を、ただフロノスは見ていた。




「お前は、本当に規格外だな。とりあえずな、召喚獣は普通の平民が契約できるものでもなければ、魔法は簡単に使えるものじゃない」

「え、でも俺は」

「お前は規格外だ。天才っていっていい。もし天才でなければ召喚獣を召喚なんてできない、万一できたとしても殺されている、そして魔法も覚えられない。王宮魔法師に気づかれずに王宮に召喚獣を忍び込ませることもできないし、俺の弟子になることもない」




 まっすぐにディグはヴァンの目を見ていった。

 自覚しろという意味を込めて。こんな色々と規格外すぎる少年が自覚していないというのはいろいろと問題であった。自分が普通であるという勘違いをするからこそ、予想外の行動にでも出られても困るのだ。




「えー、そうは言われても……魔法なんてなんとなくで使えるし、召喚獣なんて簡単に従えられるよ?」

「それは、お前だけだ!」

「それは、貴方だけです!」



 ディグとフロノスに突っ込まれて、ヴァンは「えー」と納得できない表情を浮かべている。ヴァンからしてみれば魔法も、召喚獣を従えることも簡単にできた事だった。それはもう悩むこともせずに。だからこそ、自分の常識=普通の人の常識などと勘違いをしているヴァンは納得をしていない。



 そんなヴァンを見ながらディグは、どうにかして自分の異常性を自覚させなければならないなとため息を吐くのであった。



 ―――――英雄はとりあえずヴァンに異常性を理解してもらうことにしたことについて

 (しかしガラス職人の息子は現状、全然納得をしていない)

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