13.ガラス職人の息子が引き取られていったことについて
「わ、私たちの息子に魔法師としての才能があるですか?」
「ほ、本当に?」
ディグ・マラナラの行動は速かった。ヴァンの事をとっ捕まえ、話を聞いたすぐその後に、あの足で《トゥルト》へと足を踏み入れた。
思い立ったら即行動。それが、ディグ・マラナラである。
ヴァンの両親はいつものように仕事の手伝いから抜け出していたヴァンが、赤髪の英雄と共にかえってきたことにもちろんの事狼狽えた。何が起こっているかわからないという表情で、平然と英雄の横に並ぶ息子に視線を向けるものの、ヴァンはばつが悪そうに視線をさまよわせるだけであった。
そんなヴァンの態度に息子が英雄に対し、何か粗相をやらかしてしまったのではないかとヴァンの両親が土下座をしたのはつい先ほどの事である。
「お前な、ちゃんと説明をしろよ」と呆れたようにディグはヴァンが王宮に忍び込んでいたこと、既に召喚獣を従えていること、ディグ自身とやりあった事を省いた上で、「たまたま城下町に降りてきていた際、息子さんに魔法師としての才能があることがわかりました。このまま平民として燻らせているのはもったいないので弟子にしたいのですが」と持ちかけたのだ。
それに対してやはりヴァンの両親は狼狽え、先ほどの言葉を言い放った。それを見て、ディグは呆れた目でヴァンの事を見たものである。
召喚獣を呆れるほどの数従え、王宮に忍び込むほどの魔法師としての才能を現時点で持ちあわせながらもその片鱗を一切見せていなかった、その事実を。
ヴァンの両親からしてみれば息子は、普通の平民の息子でしかなかったのだろう。
「はい。そうです。ですからお引き取りしたいのですが、よろしいでしょうか? 本人には既に話してあるのですが」
結局のところ、ヴァンはナディア様を隣で守れるという言葉に弟子になることを決意した。とはいっても、それは拒否権がないものなのだが。
「そ、それはもちろん」
「わ、私の息子が魔法師に……っ」
ヴァンは散々ガラス職人を継ぐという意思表示をしておきながら、両親はヴァンが平民と結婚してガラス職人を継ぐことを夢見ていたはずなのに、魔法師の弟子になってしまうことに悪いなと思っていたのだが、思いのほか喜んでいる様子の両親に驚く。
「いいの? 母さんたち俺に家継いでほしかったんじゃ…」
「そんなことを気にしていたのかい!?」
ヴァンが本心を口にすれば、それはもう驚かれた。正直言ってヴァンには何を驚いているのかさっぱり理解できなかったのだが、一般的な考えでいえば家から魔法師が出ることは喜ばしい事である。ガラス職人になるよりもよっぽど自慢できることである。
という常識をヴァンの母親は息子に説いた。色々ずれているとは思っていたが、ここまでずれているとは思っていなかったらしい。
最もディグがそのまま引き取っていこうとすることには流石に驚いたらしいが、弟子になるならはやいほうがいいという言葉に了承する。
ヴァンは両親が了承の言葉を口にするのを何だか不思議な気持ちで見ていた。
ガラス職人を継ぐのが当たり前、平民だからナディア様に近づけない。だから、こっそりとでいいから好きな人を守りたい、とそう思っていた。
将来自分は誰かと結婚して、ガラス職人として生きるとそう思ってた。
だけど、
(俺が、ナディア様に近づくことができる……)
英雄は言った。
ナディア・カインズに近づくことができると。隣にいけると。それだけの才能があると。
正直そんな風に言われても、自称平凡な平民であるヴァンからしてみれば信じられるものではなかった。だけど弟子にならなければ罪を問われる。でも弟子になることをうなずいた理由はそれだけじゃない。
好きだから。
ナディア様の事が好きだから。
近づくことができると守ることができると、英雄が言ったから。それならば、
(俺は、ナディア様を守りたい)
そう、思ったから。
(そして、近づきたい)
あきらめてた。平民だからと。だけど、ディグが背中を押してくれたから。
ふわふわしている。自分が『火炎の魔法師』の弟子になる事実に。ナディア様に近づけるかもしれない事実に。それが信じられない気持ちで。
話が進むのをただ黙ってみていた。両親とディグの会話なんて、ちゃんと頭には入っていないというのが正しいだろう。
ナディアの事だけを、ヴァンは考えていた。
ナディアの事以外は頭に入ってきていなかった。
「おい、お前、聞いているのか?」
「へ?」
「…はぁ、聞いてなかったのか。準備しろ。このまま王城に行くから」
「あ、に、荷物?」
「ああ、そうだ。持っていきたいものがあるならもってこいっていってんだ」
心此処にあらずなヴァンにディグが言い放つ。それに対してヴァンはあわてて部屋へといった。そして必要なものをバックに詰めると、すぐに戻ってくる。
「お前、もう準備終わったのか?」
「うん」
「……まぁ、いい。行くぞ。両親に挨拶しろ」
「うん。母さん、父さん、家を継げなくてごめん、俺行ってきます!」
「って、それだけか」
「うん!」
あまりにも短すぎる別れの言葉にディグが突っ込むが、ヴァンは満足したように頷いている。ディグがいいのかなとでもいう風にヴァンの両親の方へと視線を向けるが、二人は「こういう子なんです」とでもいうような仕方がないなという顔をしていた。
ヴァンは本当に他人に関心を全然持たず、執着しない。家族の情はあるだろうが、あったとしてもこんな態度である。
そして、そのまま、ヴァンとディグは家を出て王城へと向かうのであった。
それからヴァンはディグの弟子となり、実家に寄り付かなくなるわけだが、この時ヴァンの頭には幼馴染の事など欠片もなかったのである。
――ガラス職人の息子が引き取られていったことについて
(そうしてガラス職人の息子は引き取られていく)
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