12.攻防が終わったあとの会話について。

「お、俺はどうなるんでしょうか?」



 ディグに捕まってしまったヴァンは、それはもう萎縮していた。

 正座をした状況で顔を青ざめさせて、自身を見下ろしているディグの事を見上げている。


 そんなヴァンを見ながら、ディグは愉快な気分になって仕方がなかった。

 何かを企んだようなあくどい笑みを浮かべるディグに、シロは『主、怖い』とぶるぶる震えていた。



(俺から逃げ回って、見つからないようにしといて、しかも魔法をかましておいて――――、それだけの度胸がありながらこんな怯えているとかおもしろすぎるだろ)




 ディグが考えていることも最もである。王国最強の魔法師―――『火炎の魔法師』からあれだけ逃げ回り、見つからないように欺こうとしていた。加えて、『火炎の魔法師』に向かって、魔法を放っておきながら、怯えている。

 それだけでなんだか色々ずれていることが見てとれるだろう。



 そもそも一般的な感覚の平民は、召喚獣と契約をしたり魔法が使えれば自分を売り込みに魔法師のもとにやってくるだろうし、王女様を守ろうと召喚獣を設置しないし、王国最強の魔法師と攻防なんてしない。



「くくくくっ、そうだなぁ。一家そろって死刑―――」

「って、やっぱり。俺死ぬの!? 母さん、父さん、マジごめんなさああああい」

「っていうのは、嘘で。お前、俺の弟子になれ」




 ディグはヴァンの反応を見て心の底から面白がっていた。言い放たれた言葉にヴァンは目を丸くする。



「で、弟子?」



 よくわからないといったように、ぽかんとしている。

 そんなヴァンの反応を見据え、ディグは益々面白そうに笑っている。




「そう、弟子になれ」



 そう告げたのは、この才能あふれる無自覚な少年を放置しておくのは国のためにはならないからである。



 それに―――、


(こいつ、色々仕込んだら楽しそう)


 などとディグは考えていた。




 ヴァンには才能がある。しかし経験と正しい知識が足りない。まだ子供なのだから、これから色々と教え込めば、ヴァンは面白い存在になる―――そう思うからこそ、心から楽しげに笑っている。



 この少年を鍛え上げたら、自分の持てるものをすべて教えたらもっと面白くなるだろう。

 国のためというより、自分のその愉悦を満たすため。自分が、そうしてみたいと願ったため。




 そんなどこまでも自己中な思いから、弟子になれなどと言い放った。



「え、な、なんで弟子って。英雄の弟子とか、俺は――」

「才能なら心配するな。お前には十分、その資格がある。第一、王宮に召喚獣を無許可で放っていた奴を野放しにはできないんでね」



 戸惑ってこちらを見上げるヴァンに、言い放つ。

 それもそうである。王宮に無断で召喚獣という危険な存在を放っていたものを、野放しにできるわけがない。



「え、でも俺は」

「これ、決定事項な。そもそもお前、なんでナディア様のもとに召喚獣なんてやっていたんだよ」

「な、なんでって……」




 疑問に思っていた事をディグが問いかければ、座り込んだままのヴァンは顔を赤くさせた。その反応にディグはん? と思う。



『主はナディア様が好きなんだよ』

『ご主人様は、ナディア様が好きでたまらないからと王宮に忍び込んだり、召喚獣を忍び込ませたりしていただけですわ』



 楽しそうなフィアとオランの声に、ヴァンはきっと恥ずかしそうに二匹を睨む。



「な、何いってんだよ、馬鹿!」

『馬鹿ってなんだよ。主がナディア様大好きなのは本当だろー?』

「くそっ、その羽、むしるぞ」

『なっ、主、ひどい』



 ヴァンには召喚獣に対する敬意など欠片もないようだった。それに召喚獣たちはそういう態度をされてもヴァンの事を契約者として認めている。

 召喚獣たちは気に入らない契約者とは、契約さえ結ばない。たとえ契約を結べたとしても召喚獣側からそれを拒絶することも多くある。だからこそ、召喚獣と契約を結ぶのは難しい。契約を続けることも。


 だというのにそういう事を一切考えずに平然とヴァンは召喚獣たちを従え、そして召喚獣たちはヴァンを認めている。




「ふぅん、ナディア様の事が好きねぇ。そんな理由で王宮に召喚獣向けるとか面白すぎるだろ」

「だ、だってナディア様、立場的に危険な目にあったりもするし、俺はナディア様に何かあるの絶対に嫌だし…」



 からかうような言葉に恥ずかしかったらしく、そっぽを向いてヴァンは言う。それに対し、ディグは益々面白そうだ。




「くくくっ、そうか。なら余計に俺の弟子になったほうがいいだろう」

「なんで?」

「なんでもなにも、俺の弟子になればナディア様に近づけるぜ? ナディア様と話してみたいとか思わないのか?」



 どこまでも楽しそうにディグはそんなことを言い始める。ヴァンはそれにごくりと息をのんだ。




(ナディア様に近づく? ナディア様と話せる? そりゃあ、話したい、けど)




 好きだから、話したいという思いはもちろんのことある。けれども、



「俺は平民ですよ。王族に近づくなんて…」



 ヴァンは平民である。身分差はきちんと理解している。理解しているからこそ、ナディア様を守りはしても近づこうとはしていなかった。




「別に関係ないだろ。お前に関して言えばな。それだけ魔法師として、召喚師としての才能があるんだ。それを使って成り上がればいい。そうしたらナディア様を召喚獣を使って守るなんてまどろっこしいことせずに、堂々と隣で守れるぜ?」



 ニヤリッとディグが笑った。



 事実、その言葉はディグの本心である。本人は自覚していないようだが、ヴァンにはそういう才能が有り溢れている。その才能を使って成り上がることはできる。

 そもそも、王宮に王宮魔法師に悟られずに召喚獣を忍び込ませられるような少年を他国にやるわけにもいかない。




「俺が、ナディア様の隣に……?」

「ああ、お前は自覚していないようだが、お前にはそれだけの才能がある。ま、俺の弟子になるって件は拒否権がないけどな。弟子になったあと、ナディア様の隣にいけるように頑張るか、それとも目立ちたくないって適当にやるか、それはお前次第だってことだ」




 ディグはこの面白い少年を鍛えたかった。最強にしたら楽しそうなどと考えていた。ヴァンがナディアの隣に行けるように頑張ろうとも、目立ちたくないからとこそこそしようともそれはそれで面白いからディグはどちらでもよかった。



「俺は―――」



 そしてそれに対して、ヴァンは答えた。




 ――――――攻防が終わったあとの会話について

 (魔物溢れる森の中で、二人は会話を交わす)

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