11.王国最強の英雄とガラス職人の息子の人知れずな攻防について<7>
「なんか強い魔力が近づいてきているし! てか近くにいるのフィアとオランじゃないか……。捕まったのか、やべ、俺マジ死んだ」
そこは、ブラエイトの森。
今は、空に輝く二つの太陽が輝くお昼過ぎ。ブラエイトの森に住まう生物たちも、丁度おなかをすかせて獲物を探している時間だ。
元からこの世界に存在する生物である動物ではなく、異界からあぶり出た理性のない生物である魔物のほうが多く住まうこの森にそんな時間に子供一人で訪れるのは危険なことである。
しかしだ。
ヴァンは巨大な木の枝の上で、下を向き、落ち込んでいた。
そんな無防備で、格好の獲物に見えるヴァンの事を猿のような姿をした魔物が爪を光らせ狙っているが、そちらに対する警戒心はヴァンにはない。
いざ、ヴァンの血肉を求めてとびかかったその魔物は、「あー、もううっせぇ!」というヴァンの言葉と共に真っ二つに切り裂かれた。
詠唱さえ発することなく、一瞬で魔法公式を脳内で作成し、それを『魔法』として顕現させる―――それは言葉にするのは簡単でも、実際にやるとなれば難しい事だ。
最も無自覚に魔法に対する才能が振り切れているヴァンにとってみれば、誰にでもできるものという間違った認識を持っている。
「召喚獣呼んだら、魔力で気づかれるか……。うん、よし、一人で逃げよう。俺は心の準備ができていない」
ヴァンはぶつぶつと独り言を言っている。
魔物の鳴き声が響き渡り、毒性植物も大量に生息している森の中で、ぶつぶつと独り言を言い放つ齢12歳の少年――何とも不思議な光景である。
そうやって一人でブラエイトの森の中を徘徊しているだけでも十分平凡ではないといえる要素なのだが、一切理解しないのがヴァンがずれている点でもあろう。
強い魔力―――ディグの魔力から逃げるように、移動する。木の枝を飛び移る。
自分の魔力を最低限に抑えて、自分の存在が見つからないように注意を払いながら移動する。
心の準備ができていないなどというふざけた理由で、王国最強の魔法師から逃げ惑うとはやっぱり色々とアレである。
しかし、幾ら魔力を最低限に抑えているとはいえ、ディグの傍にはヴァンと魔力でつながれた召喚獣―――フィアとオランがいるのである。その二匹が、ヴァンの居場所を間違えるなどということは万が一の可能性を思ってもない。
それでも逃げ出すのは、ヴァンが子供であり、突発的に行動をしてしまう性格をしているからといえるだろう。
逃げ回っていたが、ディグは確かにヴァンの元へと迫ってきていた。
「待て」
ディグの声が聞こえた瞬間、ヴァンは魔力を最低限に抑えることも忘れて魔力を全開に込めて全力疾走した。
その後ろ姿を追いかけるのはディグとフィアとオラン、そしてディグの召喚獣であるシロである。
「本当に、餓鬼だな。あんな餓鬼が召喚獣を従えてるねぇ……」
『主は魔法師としての才能以外は普通の少年だぜ!』
『いえ、ご主人様が変なのは魔法師としての才能だけではありませんわ。あの性格は色々と変ですわ』
『君たちの主って色々変なんだね!』
上からディグ、フィア、オラン、シロの発言である。
ディグはヴァンがまだ小さな少年であることに心の底から驚いているようであった。
事前に話を聞いてはいたとしても、それは無理のないことであるといえるだろう。見るからに普通の少年が魔法を行使して、全力疾走しているのだから無理もない話である。
そもそもの話、魔法を使うという行為はそんなに簡単にできるものでは本来ない。きちんと行使出来なければ、魔法が失敗して、体内の魔力が暴走する恐れもあるのだ。
だからこそ、魔法を使う者は大抵きちんと魔法というものを魔法師から学び、魔法を行使するための心得をきちんと学んでから魔法を行使するのである。ヴァンの場合、それはもう色々すっ飛ばしていた。
魔法とは王族・貴族が基本的に行使するものだ。平民の中でも才能があるものは魔法師の弟子になったりもする。魔法を使うだけの多大な魔力を持ち合わせている者は、体内の魔力を外に出すことで魔力の暴走を防ぐことになる。
平民だとその魔力を外に出す作業をしないので、大体8歳~12歳の頃に魔力を暴走させる傾向にある。そこで魔法の才能があることがわかり、魔法師の弟子になったりするのが主な平民の魔法師へのなり方である。
たとえ暴走をすることがなかったとしても、教会で調べれば魔法師としての才能があるかわかるため、才能があるとわかったものが教会を通して魔法師の弟子になる場合もある。
いずれにせよ、平民でありながら魔法師になれるということは出世できるということであり、わざわざヴァンのように自分が魔法を使える事を把握しておきながらもガラス職人を目指すものがおかしいのである。
「わぁああ、追いかけてくるなぁ」
「追いかけるに決まってんだろ」
全力疾走するヴァンを追いかければ、後ろを向いたヴァンが叫んでいた。その内容に呆れたように声を発する。
「俺は、心の準備ができてない!」
などと言いながらもディグに向かって、魔法を放つ始末である。
しかもきちんとした詠唱を放たずにそういった魔法を行使するのを目の当たりにしてディグはマジかと驚愕した。
迫りくる炎。
轟々と燃え盛る、炎の塊がいくつも襲い掛かる。
それを見ながら、ディグは冷静に対処をする。自分の魔力を循環させ、手のひらからそれを相殺させるための魔力を放出する。ディグが行ったのはそれだけの事だったけれども、それだけでヴァンの魔法は効力をなくす。
「あっぶねぇな」
言葉を発して、ディグが次の瞬間にしたことはといえば「うわああ、防がれた」などと慌てているヴァンに接近する事である。幾らヴァンが魔法師として天才的な才能を持ち合わせていたとしても、現状ではこの王国最強の英雄相手では分が悪いというのが現実的な話である。
「うわあああああ」
目の前にまで一気に移動されて冷静さを欠いているヴァンはといえば、「沈めえええ」と叫んだかと思えば重力魔法を行使していた。
「反転せよ」
だが、それはその一言によって魔法は反転させられる。
本来魔法を使うのにはもう少しきちんとした詠唱と集中力を必要とするものだが、魔法の天才と王国最強の魔法師の間ではそんなもの無用であった。
ヴァンは自分が放った魔法が反転させられたことに驚き、そしてそれを身に受ける。
人間相手に魔法を放ったことさえなかった。魔法を放つ場合でさえも、大抵の生物は一瞬で沈んだ。反撃されることに慣れていないというのが正しいかもしれない。
「うがあああああああああ」
沈んだ。自分の魔法を食らってヴァンは木の上から、一気に地面へと落ち、激突する。
痛みを感じながら急いでそれを解除するが、遅い。
いくら魔法が使えようとも、身体は普通の十二歳の男の子でる。正直木の上から思いっきり落下して、それどころではない。
「捕まえた」
そして落下した衝動で、動けないヴァンを心配するわけでも怪我を治すわけではなく、面白そうに見下ろしているのであった。
『主、大丈夫か!?』
『あらあら、ご主人様、怪我していらっしゃるわね~』
『……ぬ、主様、子供に容赦なさすぎだよ!』
フィア、オラン、シロの声が響く中で地に伏したままのヴァンはディグに捕まるのであった。
―――――王国最強の英雄とガラス職人の息子の人知れずな攻防について<7>
(そうして王国最強の英雄とガラス職人の息子の人知れずな攻防は、終わるのである)
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