8.王国最強の英雄とガラス職人の息子の人知れずな攻防について<4>

 さてさて、カインズ王国の第三王女ナディア・カインズの周りに大量の召喚獣がいる。その事実に興味を持った王国最強の英雄ディグ・マラナラは召喚獣たちの主に対して調べることを決意し、件のナディア・カインズの元へと接近する事へとなった。



 そういうわけで、誰にも理由を告げることなくナディア・カインズの元へディグ・マラナラは訪れた。

 それに対して、最も戸惑いを感じていたのは他でもないナディアであった。



「ナディア様、お久しぶりです」



 そういって声をかけてくる『火炎の魔法師』、ディグ・マラナラ。



(――どうして、ディグ様が私の元に来るのだろうか)




 それは率直な疑問である。ナディアの年は、僅か十歳。まだまだ子供と言える年であるが、陰謀まみれた王宮で王女として十年間も過ごしているナディアは王国最強の英雄が自身の元を訪れたことを素直に喜べるほど幼くはなかった。



 そこに意図があることは明白であった。

 なればこそ、思考する。その意図とは何かを。なぜ、王国最強の英雄が、自分のもとになど来るのかを。



 そもそもの話、ナディア・カインズという王女の価値は王宮内で見てみればそれほど高い物ではない。国王陛下から可愛がられているとはいっても、母親は既に亡き人である。そして亡き母は平民であり、実家からの後ろ盾もない。



 国王陛下から愛されていなければ王宮内で生きていくことさえもままならないであろう少女―――それが、ナディア・カインズである。



 それこそ縁起が悪い話であるが、現在の国王陛下が崩御するなんてことでもあったらナディアの立場はどうなるのかわかったものではない。

 そんな先の明るくないナディアの元へすり寄ってくる貴族というのは、実質ほとんどいない。



 ディグ・マラナラという男は、そんな美しいだけの王女に対して関心は持っていなかったはずである。




「お久しぶりです。ディグ様」



 王女として教育された優雅な礼をとる。

 そんなナディアの事をディグもまた観察していた。

 まだ僅か十歳にして、将来が楽しみになるほど美しい少女だ。王族としての教育も行き届いており、どこまでも優雅だ。



(―――でも、それだけだ)




 英雄として祭り上げられているディグは、美しい人間というものを正直見慣れていた。ナディアは確かに美しい。しかし、それだけだ。

 正直そんな美しいだけの少女の周りに、誰がどのような意図で、召喚獣を置いているのか。ディグの関心といえば本当にそれだけであった。




「ナディア様、少し二人で話したいのですが大丈夫ですか?」

「ええ」




 突然の申し出に流石に戸惑いながらも、ナディアは侍女を話が聞こえない位置まで下がらせる。



 ディグ・マラナラという男をナディアはそこまで知っているわけではない。しかし彼女の尊敬する父親の信頼を得ている―――それだけで信じるには十分であった。



 とはいえ、突然接触してきたディグに不信感や警戒が一切ないというわけではない。それでも侍女をおとなしく下がらせたのは、助けてくれる存在がいることを知っていたからだ。



 誰が使わしているかはわからないけれど、いつも傍にいてくれる小鳥が。今は姿は見えないけれども、それでも自分を見守ってくれる存在がいる。―――姿が見えなくても、見守っていてくれている。



 それを、ナディアは知っている。

 誰もいないと思われたところでの危機を、そうやって『何か』が助けてくれたことなど一度や二度ではない。

 身構えるようにディグの事を見るナディアに対してディグが言い放った言葉は、ナディアにとって予想外の言葉だった。




「ナディア様、貴方様の周りには大量の召喚獣がいるという報告を受けました。それについて何かご存じですか?」

「……召喚獣?」




 ナディアは驚いた。ナディアの周りには確かに誰かの使いと思われる動物たちがいた。だけれども、ただ動物を使役しているだけだと思っていた。ただの動物を使役している存在は多い。



 召喚獣と動物は違う生き物だ。



 動物は元からこの世界に存在する人間にとってそこまで害のない生き物だ。まぁ、熊とかは動物であろうとも脅威であることはあるが、魔物に比べれば可愛いものである。



 召喚獣を使役できるものは少ないが、ただの動物を使役するものは多い。それは召喚獣と違って動物を使役することは頑張れば並の人間でもこなすことができるものであるからである。


 そんなナディアの反応に、ディグはディグで、ああ、やっぱりという納得しかしていなかった。




「貴方様の周りに動物がいませんか? それはおそらく召喚獣が小さな姿になっているだけです」

「………居るわ。確かに、いるわ。でも、召喚獣だなんて」

「私の召喚獣が貴方様の周りで大量の召喚獣を見たといっていたので、間違いはないと思われます」




 その言葉に益々目が開かれる。だけどしばらく呆然としたあと、納得したようにうなずく。



「そう、そうなのですね……」

「ええ、そうです。その召喚獣について今回聞きにきたのです。まず、いつから貴方様の周りに召喚獣はいらっしゃいますか?」

「二年前からですわ」

「そんなに前からですか」



 などと丁寧語で答えながらもディグの内心は穏やかではなかった。



(二年も前からナディア様の周りに召喚獣がいたっていうのか、そしてそれに俺は気づけなかったと……)




 その事実は正直ショックを受けるには十分なものであった。しかし、まぁ、それと同時に面白いという感情も勿論の事わいてきているわけであるが。




「ナディア様、何かご存じですか。その召喚獣とその主について」

「いえ、わかりませんわ。ただあの動物たち……召喚獣たちは私の周りにいて、私の事を守っているのです。守ってくれているのです。それだけは、事実です」



 そこまで言い切って、ナディアは何かを思いつめたように、ディグを見た。



「あの、ディグ様は警戒しているのでしょうか。何か起こすのではないかって。その召喚獣の主が」

「……そりゃ、そうですよ」




 当たり前じゃないかとナディアの言葉にこたえる。そもそも無断で王宮内に召喚獣を放っている存在なんて警戒しないわけがない。



「私は、沢山助けられてきました。何か大変な時に、いつもディグ様のいう召喚獣たちに。その人がどういう思惑を持って私を助けてくださっているかはわかりませんわ。でも、でも、確かに私の味方でいてくれている人ですわ。会ったことはないけれどもディグ様が警戒なさるようなことはしないと思うのですわ」



 そこに見えるのは信頼である。会ったことがなくても助けられているのだ。故に、感じている信頼だ。

 ディグはそんなナディアを見て、面白いと口元を緩める。




「へぇ、まぁ、それはどうでもいいんですよ。俺が、その召喚獣の主に興味を持っているってだけなんだから。それはともかく、失礼します。ナディア様」



 素の口調でどこまでも面白そうにそういって笑うとディグはナディアに向かって、『魔法』を行使する。



 ナディアを害する、炎の魔法。威力は小さい。だけれども、魔法のたしなみのないナディアに向けては確実に傷をつけてしまうもの。



 それにナディアは目を見開く。

 そして、あたるとおびえたように目を閉じる。

 けれど、それはナディアにはあたらない。



 その前に、突然現れた赤色の小鳥は、いつもナディアの傍に姿を現したその小鳥は、その口から炎を吐き出してディグの魔法を相殺した。




 「かかったな」



 ニヤリッと笑う。ディグは笑って、こちらを睨みつけている召喚獣――《ファイヤーバード》を見る。



 そして次の瞬間には、ディグはそいつをとっ捕まえていた。






 ――――王国最強の英雄とガラス職人の息子の人知れずな攻防について<4>

 (そしてヴァンの召喚獣はとらえられる)

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