7.王国最強の英雄とガラス職人の息子の人知れずな攻防について<3>

「おい、本当に大量の召喚獣なんていたのか?」



 ディグ・マラナラはいらだっていた。その美しい顔を不機嫌そうに歪ませて、自分の足元に居る《シルバーウルフ》のシロを見る。

 シロは困ったような表情で、主人に告げる。



『本当だよ! 僕が主に嘘なんかつくわけないよ!』



 シロは必死にそう告げる。



 そこは、ディグ・マラナラの研究室。その場に現在存在しているのはディグ・マラナラ本人とその召喚獣だけであった。

 何故これほどまでに彼が不機嫌なのかといえば理由は一つである。《シルバーウルフ》のシロはナディアの周りに大量の召喚獣が居たといった。それに興味を持ったディグ・マラナラはその主を探し出す事を決めた。



 それはただ単に暇つぶしであり、自分が本気を出せばその主ぐらい簡単に見つける事が出来るとそう信じて疑っていなかった。しかしだ、実際に調べてみようとしたところ、そのシロが見た大量の召喚獣というものそのものがそもそもいないのだ。



 痕跡さえもない。

 シロ含む三匹の召喚獣たちにも見に行かせているのだが、そういう存在の姿も見えない。

 本当にいたのか、と疑いたくなるほどに姿を見せない。




(シロが俺に嘘をつくなんてありえねぇ、けど、こうまで姿が見えないのはおかしい。実際にナディア様の周りに召喚獣が居るはずだ。でも俺が探りに行ったタイミングで、いつもいないか)



 ディグはだらけたように椅子に腰かけながらも思考する。



(ってことは、向こうが俺が気づいて、探している事に気づいて対処したっていうことか?)



 そこまで考えて思わずディグの口は、愉快だとでもいうように弧を描く。



「くくくくくっ」




 そしてどこの悪役だといいたくなるぐらいのあくどい笑い声をあげた。その笑い声にシロはおびえたようにびくつく。



『ぬ、主様?』

「シロ、多分その召喚獣たちの契約者は俺が探している事に気づいて対処している。俺たちがきても気づかないようにしているか、それともわざわざ姿を消しているのかわからないけどな」



 なんらかの魔法や召喚獣の能力を使って気づかれないようにしているか。

 わざわざディグたちが様子見に行くたびに姿を消しているのか。

 そのどちらかだろうとディグは予想をつける。

 そしてそういう予想をつけたからこそ、ディグは余計に笑いがこみあげてくる。



(それだけの力を持った奴がこの国にいるっていうのか)



 そう、その事実が、ディグの心を高鳴らせた。



 ディグ・マナラナは王国最強の魔法師であり、他に並ぶもののいない英雄だ。

 『火炎の魔法師』と呼ばれ、尊敬と敬愛と畏怖などといった感情を人々から受けるべき存在だ。

 そんな存在を欺こうとしている人間がいる。王国最強の魔法師にそれだけ存在を感じさせないほどの力を持った人間がいる。



 そのことに対してディグが感じるのは自分の命が脅かされるかもしれないという畏怖でも、そんなやつが本当にいるのかという驚異でもない。まぎれもない喜びがそこにはあった。



 要は、退屈していたのだ。

 自分と並ぶ相手がいないことに。

 戦争が終わって平和なこの国に。

 何気なく続く日常に。



 だからこそ、そういう面白い人間がいるというのはこの退屈から抜け出させてくれると心が躍る。



『まさか、そんなことができる人間がいるの? 主様でさえも気づかないとかありえない! 主様は強いもん』

「俺が強いことなんて当たり前だろうが」



 ディグはそういって尻尾をぶんぶんと振って、自身を見つめるシロの頭をなでる。それに対して、シロは嬉しそうにぶんぶんと尻尾を一層激しく振る。



「俺から本気で隠れようとしているっていうなら、こちらも本気であぶりだせばいいってだけだろ」




 思わずニヤリッと笑う。口元が上がる。



(最も俺に恐れをなして召喚獣を引かしている可能性もあるけれど、でもそうだったとしても俺に気づかれずにこの王宮で何かしらやっていた奴がいるっていうなら見つけ出すまでだ)



 笑っている。心の底から愉快だとでもいうように。



『主様、その笑み、怖い……』

「あぁ?」

『うぅ、ごめんなさい』




 笑顔が怖いといったシロの言葉に、ディグが不機嫌そうに声を上げれば、シロはおとなしく謝った。



 飼い主に怒られる飼い犬のようなその図を見れば、シロが一般人には恐れられる使い魔の一匹だとはだれも決して思わないだろう。




「シロ、なんでもいいからナディア様の周りで違和感がないか探せ。少しでもいい、何かしら違和感がある場所でも見つけたら教えろ。そして、そうだな、俺もナディア様に接触をしてみよう」




 最もナディアは王女とはいっても、魔法師でもなんでもないため情報は得られないかもしれない。―――しかし。



(召喚獣の主が俺を警戒していて、それでいてナディア様を気にかけているっていうのならば、俺がナディア様に接触をすれば何かしらボロを出すのではないか)



 そういう期待があった。





 そして、王国最強の英雄はこれからの日常を思って笑った。




 ―――王国最強の英雄とガラス職人の息子の人知れずな攻防について<3>

 (王国最強の英雄は本腰を入れて、ガラス職人の息子を探し出そうとしはじめる)

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