9.王国最強の英雄とガラス職人の息子の人知れずな攻防について<5>
「まじかぁ……」
ヴァンの召喚獣の一匹である《ファイヤーバード》のフィアがディグ・マラナラに捕まったという報告を聞いたヴァンは思わずうなだれた。
そしてこの世の終わりだとでもいう顔をする。
(フィアが俺の事あの『火炎の魔法師』にいったりなんかしたら、俺の人生確実に終わる。処刑か、家族で処刑の未来が……)
青ざめているヴァンをそっちのけで、《レッドスコーピオン》のオランは楽しそうな声を響かせている。
『ご主人様、どうやらディグ・マラナラは姫様に手を出すようなそぶりを見せ、それで我慢できなかったフィアが飛び出したようですわぁ。全くもう、誘われているのに気付かないなんてフィアはおバカですわ』
響く声は、女性のものだ。そう、《レッドスコーピオン》のオランは雌である。
「……そうか」
などと返事をしながらも、ヴァンの内心は決して穏やかではない。
(どうしよう。フィアの奴は嘘つくとかできないだろうし、俺が召喚獣の主だとか簡単に暴露する気がする。折角、《クレイジーカメレオン》と契約をしてばれないようにしていたのに……)
《クレイジーカメレオン》には、擬態の能力がある。その魔力をもってして、自分とそれに連なるものなどを背景と同化させ、まるでそこにいないものとするような能力だ。
ディグの召喚獣たちは要するに存在する召喚獣たちのことを擬態によって知ることができなかったという話である。最もそれだけではなく、魔力を遮断することも召喚獣たちにさせていた。それもあって気づくことがむずかしかったのである。
「……うわぁ、俺死んだ」
『ご主人様が死ぬ確率は低いと思われますわ』
「何を言ってる。俺が死ぬのは確実だろう。いや、俺だけじゃない一家そろって公開処刑! 父さん、母さん、ごめんなさい!」
『全く、ご主人様。その思い込みはどうにかならないのですか。ご主人様がそうなる確率は低いと言っているでしょう? そもそもの話ご主人様のような素晴らしい方はほかにおられぬのですから、そんなご主人様を殺すことはまずないです』
などとオランが言うのは、自分の主であるヴァンの能力をきちんと把握しているからである。
長く生きている召喚獣であるオランからしてみれば、自分の主人であるヴァンは一言でいえば異常であり、紛れもない天才であった。
魔法の天才。
その言葉が一番しっくりくる。
そんな他に存在しないような天才を発見して殺すということはまずありえないだろう。寧ろ生かして利用したい、国に仕えてほしいと考えるものであろう。
そもそもヴァンが召喚獣たちに一声命令をかければ、ヴァンの情報を握っているディグ・マラナラの事も殺そうと思えば殺せるものなのだが、自分の力に無自覚すぎるヴァンはそれをしない。
「オランこそ、何を言っているんだ。俺なんて普通だ、普通!」
『……普通の人は初恋の人を守りたいと王城に侵入したり、召喚獣を従えたりできませんわ』
オランはあきれた声をあげる。
本当に驚くほどにオランたちの主は、無自覚であった。自分の力がどれほどのものなのか自覚がない。
この期に及んで、自分の事を平凡などとのたまう。
平凡な平民は、召喚獣を二十匹も従えることがないという常識を欠片も自覚していない。
(本当、これだからご主人様は面白いですわ)
オランはそんな主人の事を心から面白がっていた。こんな面白い主などほかにいないと、だからこそ、ヴァンと契約を結んでよかったとそう思っている。
「俺なんて平凡な平民だ!」
『……だから、それは違うっていっているでしょう?』
「なんで皆して俺を異常者みたいにいうんだよ」
『ある意味異常者ですよ?』
なんて言葉はヴァンの耳には届いていない。ヴァンの頭の中はひたすら俺は死ぬ、これからどうしよう、と焦っていた。
『ご主人様、ディグ・マラナラを抹殺することもやろうと思えば可能ですが、どうなさいますか?』
「あの! 『火炎の魔法師』を抹殺とか無理だ! なんでお前らは自分をそんな過大評価しているんだ! 大体そんなことしたら国家反逆罪までも…!」
『今更そんなこと気にします?』
「気にするよ! ああああぁ、もう、どうしよう!」
しばらく、そうやって焦る。そんな大声だしたらご近所さんに聞こえるなどという心配は無用だ。ちゃんと声が外に漏れないような魔法をヴァンは使っている。
『落ち着いてください』
「もう、落ち着くために散歩する! フィアの奴、嘘つけないから『火炎の魔法師』が迫ってくるし!」
『逃げる気ですか?』
「無理だろ! あの『火炎の魔法師』から逃げるとか、でも、できる限り会うまでの時間を伸ばしたい! もしかしたら逃げ続けたらあきらめてくれるかもしれないし」
そんな言葉を聞いたオランは、どうしてこのご主人様はそういう思考に行くのだろうと思った。
しかしまぁ、そんなヴァンの事を面白がっているオランはできる限り会うまでの時間を伸ばしたいなどといって飛び出そうとするヴァンを止めることはないのであった。
――――王国最強の英雄とガラス職人の息子の人知れずな攻防について<5>
(ガラス職人の息子、とりあえず落ち着くために飛び出した)
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