第一章 《英雄》の弟子になる。

1.初恋の王女様について。

 カインズ王国は、ジオランス大陸の南西部に位置する海に面した大国である。

 海に恵まれ、農作物の育ちやすい環境に恵まれ、加えて鉱山まであると来れば大国になりうる十分の理由があるといえるだろう。


 そのカインズ王国には、二人の王子と三人の王女が存在する。


 第一王子と第二王子は正妃の息子であるが、三人の王女は三人の側妃がそれぞれ一人ずつ生んだものだ。



 ヴァンが一目ぼれをしてしまったのは、第三王女であるナディア・カインズ。



 第三側妃であった母親は他界し、王宮で肩身の狭い思いをしている。

 亡くなったナディアの母親は、元々王宮に仕えていた侍女であった。所謂平民の身であったが、絶世の美女と言わしめる見目を持ち合わせていた。その美しさから王に見初められ、側妃になりえた存在である。そしてナディアはその側妃の美しさをしっかり受け継いでいた。



 父親でありこのカインズ王国の国王であるシードル・カインズも顔立ちが整っている事もあり、そんな両親から生まれたナディアが美しくないはずもなかった。




 外にほとんど出た事がないのもあって、肌の色は白い。日焼けなどしたことがないのではないかと思えるほどに、雪のように白い肌。可愛いというよりも、美しいという言葉が似合う。吊り上った瞳の色は、赤。腰まで伸びる美しい直毛の髪は黄金に輝いている。

 国王に寵愛されていた側妃の娘であるナディアは陛下からも可愛がられている。




 しかし、王宮内では居心地が悪い生活を送っていた。



 というのも陛下に寵愛されていた側妃の娘であり、陛下に可愛がられており、その母親はもう居ないなんていう状況で、もちろんナディアは他の妃や兄妹たちに良い思いを抱かれているわけもなかったからである。



「……あら、また鼠の死骸だわ」




 さて、そんな疎まれているナディアであるが、その精神は幼いころから嫌がらせをうけているためか、はたまた元々から強かなのか、とても図太い性格をしていた。



 送られてきた嫌がらせの品―――黒い鼠の死骸を見ながら平然とそれを凝視している。ナディア付きの侍女たちもすっかり慣れてしまっているのか、それに動揺する様子もまったく見せない。



 その見た目からは、虫一つ殺したことのないような儚さが伺えるのだが、どうやら外見で中身を判断してはいけないタイプのようだ。



 ふと、ナディアの耳にピチュピチュと小鳥がなく声がする。その小鳥は、美しい赤色の毛を持つ。知性を持ち合わせていると思わせる行動をするこの小鳥は、度々ナディアの前へと姿を現す。



「……また、来たの。貴方」




 十歳であるナディアが、八歳のころから度々姿を現すこの小鳥が何処から来るのかナディアは知らない。だけれどもこの小鳥が時折自分を助けてくれることを知っている。



 何処からきているのかなどはどうでもよかった。ナディアはこの小鳥が好きだった。



 ナディアにとって理由は不明だが、二年前からこの小鳥のように生き物が度々彼女の前に姿を現していた。それはほとんど小さな生き物で、侍女たちは「ナディア様は生物に好かれるのですね」とにこにこと微笑んでいたものだ。



 しかしナディアとしてみれば、何時も自分の側によってくるこの小鳥が自然のものではないことぐらいはわかっている。そして恐らく、誰かの手によってここにいることも。



(……気にならないといえば嘘になるけれども、この子をよこしてくれる人が私の味方であるのは事実だもの)



 そう、それがわかっていればナディアにとって十分だった。敵の多い王宮の中で、確かに自分の味方をしてくれている人が居る。それだけでナディアにとって嬉しい事だった。



 そんなことを考えながらも、美しい赤色のその小鳥の頭を撫でる。撫でられる事に抵抗はない。初めて会った時だってこの小鳥はおとなしくナディアになでられていたものだ。

 誰かの意志で、この小鳥がここに居る。そしてその人はナディアに悪い感情は決して持っていないだろう。この小鳥の存在が、それを証明している。



「貴方の主は、誰なのかしらね」



 ナディアは、小鳥の頭撫でながらもそんなことをつぶやく。



(俺の主はあんたが大好きなだけの自称平凡なガラス職人の息子だぜ!)



 などと、実は人間の言葉が分かっている小鳥が思っている事などナディアが知る術はなく。そして小鳥が実は擬態しているだけで恐ろしい使い魔の一種であるなんていうことも知る術もなく。



(俺の主は強いんだぜ! ああ、言いたい)



 などと主の事が大好きでたまらない小鳥が、口を滑らしたくなって仕方がない事も知るはずもなかった。




 ―――初恋の王女様について。

 (ガラス職人の息子の初恋相手は第三王女)

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