ガラス職人の息子は初恋の王女様を守ります。

池中 織奈

プロローグ

0.自称平凡な少年についての話。

 ヴァンはカインズ王国の、王都のガラス職人の店に生まれた一人息子であった。



 王都に住んでいるとはいっても、住んでいる場所は華やかな中心部とは程遠い平民たちの集まる通りの外れた場所にである。両親は所謂二流のガラス職人で、とびぬけて腕が良いわけでも評判が悪いわけでもない。



 ヴァンの両親は、まさしく平凡といえた。

 王都に住んでいるのはたまたまヴァンの父方の祖父がガラス職人としては腕がよかったからとしか言いようがない。



 親の職業は、子供の職業。

 この国は、というより職人などの家は大抵そういう風なものだ。技術は親から子へと受け継がれていく。



 《トゥルト》―――それが、そのガラスを扱うお店の名前。平民であるヴァンには家名というものはない。



 幼いころから「貴方はこの店を継ぐのよ」と両親に言い聞かせられており、将来的にはお嫁さんをもらって夫婦でこの店を継いでほしいとそういう願いを彼の両親は持っていた。そしてヴァン自身も、その両親の願いにはむかうつもりもない。

 将来、自分に釣り合う奥さんを見つけ結婚して、このお店を継ぐという意思がある。




 ただしそのつもりであるとはいっても、初恋ぐらい自由である。





 ヴァンは本人的にも、両親的にも、近所の人的にも、ありふれた何処にでもいる平民であった。両親の家を継ぐためにガラス職人になるために、家の手伝いをしながらその技術を学んでいる指先の器用な少年。




 難点を言うならば両親の知らないうちに何処かにでかけてしまうといった放浪癖があるところ。

 可も不可もない平凡な顔立ちをした、普通の少年。

 それが評価。



 しかしだ、彼は他の人が知れば普通とは言えないような秘密を実は抱えていた。

 その一つが、初恋の少女がこの国の第三王女―――側妃の娘であり美しい王女様。母親は既になく、国王陛下からの愛情はあるものの正妃たちから疎まれている――であること。


 それだけでも両親からすれば眉をひそめるものだ。王族にそういう思いを抱く事は畏れ多い事だ。


 ヴァン自身、平民である自分が初恋の王女様に恋心を抱いて、それがかなうなんて夢は持っていない。身分とは絶対的なものであり、平民である自分では手が届かない事ぐらい把握している。



 しかしだ、自分の初恋がかなわない事はヴァンにとってはどうでもいいことであった。どうでもよくないのは、幸せになってほしいと願う初恋の少女が王宮内で正妃たちから嫌がらせを受けて居たり、王族だという事で危険にさらされているという事実だ。



 初恋の少女が危険な目に合うのなんて死んでも嫌だなと思ったヴァンは、悟られずに、かかわらずに守るぐらいいいじゃないかと考えた。

 他の人が知れば、「なんだその思考は」と思えるであろうが、ヴァンにとって正常な思考であった。というわけで、その日からヴァンは国民に解放されている図書館へと通い、「坊やに魔法なんて使えるわけないのよ」とか、「召喚魔法なんて平民に出来るわけないだろ」とか言われながらも本を読んで一回でそれを習得してしまった。



 それが普通ではない事を、魔法師に知り合いのいないヴァンはいまいちよくわかっていない。



 本来魔法とは、王族・貴族の扱うものである。平民はたとえ魔力があったとしてもそういう教育を受けない。そして魔法を使うには才能が居る。

 結論から言えば、本人もぼけーっとした性格のためよくわかっていないが、ヴァンには魔法の才能があった。天賦の才能ともいえる才能が。


 これであの人を守れる! なんて思ったヴァンは今日も勝手に魔法を使って王宮に侵入したり、使い魔を放ったりして、初恋の王女様の脅威を排除しているのであった。






 ――こんな普通とはかけ離れた事を行っているヴァンだが、一応本人的には普通の平民であるらしい。

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