第126話
地下に続く階段は意外と長く、着いた先は広い空間になっていた。
そこには死体が4体、死にかけが1人、なぜか俺を見て怯えて後ずさる女が3人いた。
年齢はバラバラだが、ここにいるのは女だけみたいだ。
ここにこいつらを閉じ込めてたのか?
というかここはトイレがないし、換気もできてないせいでかなり臭い。
ここで行為に及べるあいつに変態扱いされたとか腹立つな。
まぁあいつのことはもうどうでもいい。
怯えてる女3人は怪我してる様子もないからとりあえず放置でいいだろう。
さて、問題はこの死にかけのガキだ。
服は剥がされて身体中傷だらけの血まみれで意識はなさそうだが、奴隷紋が刻まれている胸が微かに上下してるから生きてはいるだろう。
ただ、アリアがくるまで保つとは思えない。
イーラに頼めば助かるかもしれないが、本人の確認なしに助かる代わりに人じゃなくなる可能性のあることをするわけにはいかないだろう。
ポーションをぶっかければ治るか?
いや、確かポーションは飲むものだった気がする。
楽に殺してやるのも一つの手だが、こいつはまだ10歳くらいか?
助かる可能性があるのに人生終わらせるには早すぎるだろ。
しゃーねぇな。
俺は久しぶりにSPを使って新しいスキルを取得した。
『ハイヒール』
前にアリアの説明を聞いた感じではヒールよりヒーリングの方が良さげだったが、SPでは取れなかった。
俺が条件を満たしてないのか、そもそもSPでは取れないものなのかはわからないが、ないものはどうしようもない。
だからライトヒール、ヒール、ハイヒールと取得した。
他人のために使うのはもったいねぇが、どうせSPは余りまくってんだ。7くらい減ってもたいして変わらないだろ。
俺は魔法やスキルの効果が感覚ではわからないから強めに使ってみたが、そのおかげか傷は塞がったようだ。
強めに使ったからMPはごっそりなくなったがな。
あとは前に川で汲んだ水をかけて、血を洗い流した。
「つめ…たい?」
どうやら目が覚めたみたいだ。
「悪いな。汚れてたから勝手に洗ってる。汚れが取れたらローブを貸してやるから、もう少し我慢しろ。」
「うん。」
こいつ。見ず知らずの男にされるがままだが、恐怖とか羞恥心はないのか?
なかなか血が落ちないから手で擦っているんだが、くすぐったそうにはしているが、嫌がるそぶりがない。
いや、嫌がれよ。
「というか起きたなら自分で洗え。」
「…うん。」
ガキは起き上がって、自分の体を両手でこすり始めた。
髪にも血がついてるみたいだからもう一つ川の水の入った瓶を取り出して、頭からぶっかけた。
「痛い痛い!」
「悪い。」
頭にも傷があったのか?
でもさっきのハイヒールで体の傷が塞がってんだから頭の傷も塞がってんだろ?
それとも頭の傷はかなり深かったとかか?
「目が痛いよ〜…。」
……………………。
鑑定で確認を取る。
クリスファリニア 人族 9歳(奴隷)
人族LV1
状態異常:なし
「9歳にもなってふざけたこといってんじゃねぇよ。時間ねぇから俺が洗ってやるから目を瞑ってろ。」
違うだのなんだのいってるのを無視して、また頭から水をぶっかけながら片手でクリスファリニアの髪をガシガシと洗う。
なぜかわからないが、クリスファリニアは楽しそうに笑っている。意味がわからない。
汚れがだいたい取れたところでタオルがなかったから濡れたままローブを被せた。
「お前はクローノストの出身か?それともカゲロアか?」
「ん?わからない。」
国がわからないってことはどっかの小さい村に住んでたとかか?
仮に村の名前とかいわれたとしてもわからねぇからな。
「じゃあ親は?」
「いない。でも家族はいっぱい!」
どういうことだ?
「あの3人もそうか?」
この空間の隅で固まっている3人を指差すが、ガキは首を横に振った。
「違うよ。みんな教会にいる。」
あぁ、孤児か捨て子なのか。
じゃあ教会に帰してやるべきなんだろうが、どこの教会かわからねぇと帰しようがないな。
アリアに聞けば教会がありそうな場所がわかるかもだから、とりあえずこいつは保留だ。
アイテムボックスからジェル状の携行食を出してガキに渡した。
「これでも食って少し待ってろ。」
「うん。」
今度は隅で固まってる3人組に近づくと、また後ずさり始めた。
でももう壁際だから退がれてないがな。
「お前らはどこの国の出身だ?」
1番年上っぽい18歳くらいの女がキョロキョロとしたあと、俺を見た。
「私たちはカゲロアの出身です。」
「じゃあカゲロアの最寄りの村まで送ってやらないこともないが、いくら出せる?」
女は嬉しさと悔しさが混じったような不思議な顔をした。
「お金は持ってないです。」
「別に今すぐ払えとはいってない。お前らは親とかいるんだろ?しかも働いて稼ぐことだってできるはずだ。それで俺を雇うとしたらいくら出すかと聞いているんだ。別にここから自力で帰ってもいいけど、頭は殺したが他の盗賊はまだいると思うぞ。」
そういや昔助けた女戦士っぽいやつからまだ銀貨50枚もらってなかったな。
ふと思い出してしまったが、わざわざ回収に行くのはめんどいな。
こいつらにも吹っかけるだけ吹っかけて、回収にはめんどくさくて行かなそうな気がする…。
いや、これは気持ちの問題だからいいんだ。
「…。」
黙っちゃったよ。
期間か金額を決めてやらないと答えられねぇか。
「じゃあ、お前らは1人金貨2枚を用意しろ。どのくらいで用意できる?」
「金貨2枚でしたら私は帰ればなんとか用意できると思います。」
「私も親のお金と今まで貯めた分を合わせれば払えるはずです!」
「…。」
2人はすぐに用意できるといってるが、1人は俯いて黙ったままだ。
こいつらは家族なわけじゃねぇんだな。
「お前はどうなんだ?黙ってるってことはここに放置希望ってことか?」
黙ってた女は顔を勢いよく上げたが、発する言葉を迷うようにパクパクとしたあと、目だけ伏せた。
少し無言で待っていると、ポツポツと喋り始めた。
「…あたしの家は親がいなくて、今まであたしが稼いだお金でなんとか生活できていましたがほとんど貯えはありません。」
「お前の家が裕福か貧乏かなんてどうでもいい。どのくらいで用意出来るのかと聞いたんだ。何日?何ヶ月?何年?」
「…2年いただければ必ずお支払いします。」
だいぶ先が長いな。かなりの確率で忘れるだろう。
だが、払う気持ちがあるならまぁいいか。
「わかった。なら2年待ってやる代わりにお前が俺の村まで届けに来い。アラフミナの王都近くにあるカンノ村だ。そこに金を払いにきたっていえばだいたい伝わるはずだ。その条件が飲めるなら近くの村まで送ってやる。」
2年後も俺が村長だったらだけど、違っててもこいつは損をしないからいいだろう。
「…お願いします。」
「ちなみにお前らはそこで亡くなってる人たちの中に知ってる人はいるか?」
遺族に死体だけでも渡すべきかと思ったが、全員が知らないようで首を横に振った。
4人を連れて外に出るとアリアたちが追いついてしまっていたようだ。
それとなぜか跪いている知らないやつらが30人くらいいる。その中にはさっきの忍者っぽいやつもいるな。
「カンツァーノ・レベリアを討伐していただき、ありがとうございます。」
忍者っぽいやつが代表なのか、しゃがれた声で礼をいってきて頭を下げた。
カンツァーノって誰だよ。
まぁ無視でいいか。
「アリア。こいつらも乗せてくれ。ただ、ガキどもと同じ荷台に乗せてなんかあったら困るから、ガキどもを前2台に詰めてくれ。1番後ろの荷台にこいつらを乗せる。」
地下から連れてきた女たちを指差した。
「…はい。」
「それと、この辺りで孤児の面倒を見てるような教会ってあるか?」
「…ごめんなさい。わかりません。」
さすがに他国のそんな細かいことまではわからないよな。
俺の指示でアリアがガキどもに話をし、1番後ろの荷台に乗っていたガキどもがぞろぞろと降りてきて、前2台に分かれて乗り始めた。
「お兄ちゃん。この人たちはみんなお兄ちゃんの家族なの?」
いきなり横にいたクリスファリニアに袖を引っ張られて質問された。
「そこで跪いてる不審者どもは関係ないが、まぁ他は家族みたいなもんか?」
正確にはガキどもは村人候補でアリアたちは奴隷なんだが、家族みたいなもんだと俺が思ってるから家族みたいなもんだろ。
「いいなぁ…。」
ん?こいつも家族がいっぱいとかいってなかったか?
そこに帰りたくないのか?
「お前も来るか?」
「いいの!?」
目をキラキラさせて見つめられると、なんか心が痛くなるから不思議だ。
「来てもいいけど、俺の村ではガキだろうと必ず働かせるし、俺の奴隷になることになるが、いいのか?」
「よくわからないけど、クリスも行きたい!」
わからないのに行きたいってダメだろ。
…ん?でもこいつは教会にいたっていってたよな?ならどうしてここにいる?
可能性として1番高いのは教会が襲われて攫われたか。だとしたらこいつに帰る場所はないのだから、連れてってやるべきか。
他にも里親が見つかったとか教会で面倒を見きれなくなったとかで他に移動させられてる最中に攫われたか。
里親が見つかったならそっちに行かせてやるべきかもしれないが、捨てられたんなら教会を探すこと自体が無駄になる。
…。
考えるのが面倒になってきた。
本人が来たいっていってんだから連れてくか。
「じゃあ連れてってやるから、受け入れろ。」
クリスファリニアの頭に手を置き、奴隷契約をすると黒い何かが俺の右手から生まれ、ドロドロとクリスファリニアの顔を伝って胸までいき蠢いた。
すぐに受け入れたようで、黒い何かはクリスファリニアの胸の中へと浸透した。
まぁこいつは村人候補だから後々解放するだろう。
「これからお前はクリスと呼ぶ。村に着くまではアリアのいうことを聞くように。アリア。」
アリアを呼ぶと走ってきた。
「…なんでしょうか?」
「こいつも村人候補だ。名前はクリスだ。」
「…わかりました。クリスさんこちらに来てください。」
「うん。よろしくね、お姉ちゃん。」
…は?
「待て、クリス。お姉ちゃんはさすがにおかしいだろ。」
アリアも不思議そうな顔をしている。
「なんで?クリスよりお姉ちゃんだからお姉ちゃんだよ?」
「いやいや、見た目からしてもクリスの方がデカイし、年齢的にもクリスは9歳なんだから年上だぞ。」
「違うもん!クリス4歳だもん!」
「こんなときに冗談いってんなよ。」
「よくわかんないよ…。わかんないよ!」
クリスは大粒の涙を流して泣き始めた。
俺がわからねぇよ。
「…では、わたしのことはアリアちゃんと呼んでください。それなら大丈夫でしょう?」
「…ぐすっ。…うん。」
アリアの一言で泣き止んだ。
さすがは困った時のアリアだな。
「…それではクリスさんはわたしと一緒に御者台に座りましょう。先にあの1番前のイグ車のところに行っていてもらえますか?」
「うん!」
クリスはイグ車のところにテケテケと走っていった。
それを確認したアリアが俺に近づいてきた。
「…前に本で読んだことがあります。読んだときは冗談の類だと思っていたのですが、実際に目にすると信じざるを得ません。」
アリアが小声で話し始めた。
「なんのことだ?」
「…クリスさんのことです。演技である可能性もありますが、あれが演技でないのなら、幼児退行という精神の病気かもしれません。」
幼児退行。
日本にいたころも聞いたことがあったな。主に昔見た漫画やアニメでだが…。
「なら魔法ですぐに治せるのか?」
「…原因が外的要因なら可能ですが、たぶんクリスさんに関しては無理でしょう。一応ステータスチェックしますか?」
「いや、いい。状態異常はなかったから、アリアのいう通りだろう。べつに急ぐ必要もねぇし、自然に治るのを待てばいい。」
確か幼児退行は原因とかも定かじゃない病気だった気がするが、クリスの場合は過度なストレスとかが原因だろうな。見つかった状態が状態だったし。
俺がいた世界では治るか治らないかすら確定してない精神病だった気がするが、小学生時代の知識だからうろ覚えだし、今では治療法も見つかってるのかもしれないが俺は知らない。
まぁ4歳くらいなら生活できないことはないだろう。
気長に治るのを待てばいい。
数年経っても治らなければ、神薬を試してみるのもいいかもな。
もちろんクリスがそれなりの仕事をしたらだけどな。
「…はい。それで、この人たちはどうしますか?」
アリアが跪いてる不審者どもを見て、確認を取ってきた。
「どうするといわれても意味がわからないから無視してたんだが、どうにかした方がいいのか?」
「…放置するとついてくる可能性があると思いますが、リキ様がそれでいいのであれば。」
それは嫌だな。
「お前らは何がしたいんだ?お前らにお礼をいわれるようなことはしてねぇし、跪かれる意味もわからねぇんだが?」
跪いてる不審者どもを見ながら誰ともなしに声をかけると、忍者っぽいやつが答えた。
「私たちを奴隷にし、無理やり盗賊としたカンツァーノ・レベリアを討伐してくれたことへの感謝の気持ちです。」
話からするにカンツァーノってのは頭のことだろう。
こいつらは無理やり仲間にされてただけで、好きで盗賊をやってたわけではないから、解放してくれてありがとう的な感じか?
「なら、とりあえず宝のありかを教えろ。感謝の気持ちはそれだけでいい。お前らは故郷にでも戻って好きに生きろ。」
「それは出来ません。」
「は?」
こいつらは何をいってんだ?
こいつらは盗賊なんだから、殺して奪ったっていいんだぞ?
「私たちは罪のない人たちを何人も殺してしまいました。なのでもう故郷に帰るなんてことは出来ません。」
そっちかよ。
「べつに故郷に帰んなくても好きに生きれんだろ。だから勝手にしろ。」
「では我々もあなたの「断る!」」
つい、相手の話を全部聞く前に否定してしまった。
というか、そんな困った顔すんなよ…。
「じゃあお前らに仕事をやる。それでいいだろ?」
「…仕事とは?」
…さて、どうするか。
こいつらにやってほしいことなんて特にねぇからな。
むしろ今まで通りに盗賊やって、稼いだ金を今度来たときにまた回収ってのが1番いいんだが…。
ん?…そうだな。自作自演させるのもいいな。
そのためにはこいつらの奴隷紋を消せるか試す必要があるか。
さっきのクリスの奴隷紋は主が死んでるのに消えてなかったからな。鑑定でも奴隷と出てたし。
それともあのときはまだ主が死んでなかった可能性もあるのか?
…まぁ試して消せるならそれに越したことはないだろう。
「その前にこの群れの代表はお前でいいのか?」
忍者っぽいやつを見て確認を取ると、少し迷ってからコクリと頷いた。
「一時的なものではありますが、私が代表として喋らせてもらっています。」
「じゃあちょっと来い。」
忍者風のやつを呼んで地下室に向かっていくと、忍者風のやつは後ろをついて来た。
下まで行く必要はないから、他のやつから見えなくなる程度に下りた階段の途中で止まった。
失敗したときになかったことにするつもりだから、他のやつにまで見られたくねぇからな。
「この辺でいいだろう。そしたら服を脱げ。」
俺が命令すると忍者風のやつは一度目を大きく見開き、その後少し悩んで、恥ずかしそうに脱ぎ始めた。
なんでそんな反応すんだ?
べつに町のど真ん中で裸になれっていってるわけじゃないんだか……………あぁ、女だったのね。
そこまで顔を隠されて、声も性別の判断がしづらいくらいにしゃがれてるからわからんかった。
ちなみに今も顔の布はつけたままで上半身だけ裸だからなんかシュールだ。
「そこまででいい。奴隷紋を確認したいだけだから下は脱ぐ必要がない。それと試したいことがあるから、一度俺との奴隷契約を受け入れろ。すぐに解放してやるから余計な口出しはするな。俺はあんまり気が長くないからな。」
忍者風の女の胸の間に手を入れ、奴隷契約をすると、ちゃんと受け入れたようですぐに黒い何かが俺の腕から生まれて、女の胸で蠢き始めた。
なんかもともとあった奴隷紋を食ってるように見えるのは気のせいだよな?
しばらくすると女の胸に黒い何かが浸透した。
そしてすぐに奴隷解放をすると、女の胸から生まれてきた黒い何かが、俺の右腕にもぞもぞと吸い込まれていく。
何かが入り込んでくるような感覚があって気持ち悪いな。
でも、ちゃんと奴隷紋は消えたようだからいいとしよう。
俺が右手をどけると、忍者風の女は奴隷紋があった部分を手でなぞって、少しだけ嬉しそうにしていた。
「お前以外に女はいるか?」
「いえ、盗賊の中にはいません。」
「そうか。なら俺は先に戻るから、服を着てからこい。」
それだけいって、俺は先に戻った。
「はい。…ありがとうございます。」
足音しかしない静かな場所だからか、消えるような声でいわれたお礼の言葉がハッキリと聞こえたが、善意でやったわけではない俺は返事をしなかった。
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