第121話
よくよく考えたら、屋敷程度の広さなら探す必要がなかった。
なんせセリナがいるからな。
セリナに案内されてついた場所はやけに広い中庭だった。
物陰から中庭を覗くと、敵が10体いた。
ん?魔王と側近2体の計3体っていってなかったか?
こっちは6人だからどうするか…。
「何を悩んでおる?魔王の両脇におる魔族以外であれば、我1人でも問題ないぞ?」
確かにあの2体はけっこう強そうだな。
他は多対1を得意としない俺でもなんとかなりそうだ。
あの2体の片方はセリナに任せるとして、もう片方はヒトミとウサギに任せるか。2人がかりなら問題ないだろう。
「セリナは左の黒服、ヒトミとウサギは右の赤服を頼む。他のパッとしない奴らはサーシャに任せる。アリアはここで全体を見ながら援護を頼む。」
残りの魔王は俺がちゃっちゃと片して終わりだな。
「リキ様、お願いがあるのだが…。」
攻め入ろうとしたら、サーシャがいいづらそうに言葉を濁した。
「なんだ?」
「我の役目である雑魚の殲滅は10数える間も無く終わらせよう。だから、魔王も我に倒させてはくれぬかのう?」
まぁ早く終わるんなら俺が倒す必要はないからな。
「わかった。好きにしろ。時間もないから行くぞ。」
「「「「はい。」」」」
俺らが物陰から姿を表すと、敵全員が一斉にこちらを見た。
でも驚いたという感じではなく、余裕そうだ。
さて、討伐といきますか…。
…。
あれ?さっきの作戦通りだと、俺の相手がいなくねぇ?
「…リキ様が見学を選ぶとは珍しいですね。確かにこの程度ならみんなの育成にちょうど良さそうです。」
まだ物陰にいるアリアが声をかけてきた。
いや、そういうつもりではなかったんだが…。
こんな話をしてる間にもサーシャは約束通り雑魚を瞬殺していた。
長く伸ばした爪で軽く引っ掻くと、引っ掻かれた魔族どもは中から破裂するように血が吹き出して倒れていた。
倒れた魔族の血は全てサーシャの周りに浮いていて、サーシャの通り道には無残な干からびた死体だけが残ってる。
セリナが相手をしている黒服は細身で動きが速い。セリナの攻撃を全て素手でいなしていやがる。
でも苦戦してるわけではなさそうだな。セリナはニヤケてるし。
こっちは放置でいいだろう。
赤服の方は背中から4本の腕を出していた。
計6本の腕を器用に動かして、2人を相手にしている。
赤服はガタイのいい魔族だったからパワー型だとは思ったが、ヒトミのモーニングスターを素手で受け止めるし、ウサギの蹴りは急所をズラして体で受け止めていやがるのにダメージを負った様子がないのはちょっと予想外だ。
こっちは苦戦しそうだな。
でもなぜかアリアはさっきから一度も魔法を使ってない。
支援魔法は必要ないと判断したのか?
まぁそこはアリアに任せるが。
「魔王様!お逃げください!」
さらにスピードを上げたセリナの攻撃に苦戦している黒服の魔族が叫んだ。
「私は魔王よ。こんな小娘に負けたりしないわ。」
魔王の目の前まで歩いてきたサーシャに向かっていい放った。
この魔王は力量差も把握できない雑魚なんだな。
「フッ。吸血鬼の紛い物の分際で、よくも我の前でそんなことをほざけるのぅ。我の前ではひれ伏して然るべきだと思うぞ?」
鼻で笑ったサーシャは魔王を馬鹿にするように目を細めた。
「馬鹿をいうな。私は魔王よ?ひれ伏すのはあなたでしょ?お嬢ちゃん。」
挑発に挑発で返す魔王だが、サーシャは嘲笑の顔から変化はない。
「サキュバスって吸血鬼の紛い物なのか?」
別に似てないと思うが、この世界の魔族の関係性を知らないから、アリアに確認を取った。
「…そんな話は聞いたことがありませんが、魔族の中でもそういった種族間の問題があるのかもしれません。」
まぁ魔族には魔族の暮らしがあるんだから、差別だのなんだのがあってもおかしくないか。
住んでる世界が違うんだから、人間が全部把握できてるわけねぇな。
さて、なんか俺だけ戦えないのはイライラしてきたな。
セリナの方はもう終わるというか、遊んでるだけっぽいし、あとで説教だ。
サーシャもいたぶって遊んでやがる。早く倒せっていってんのに…サーシャも後で説教だ。
ヒトミとウサギはダメージこそ受けてはいないが、攻撃力に欠けてるせいでダメージを与えられてない。
しゃーない。俺が倒してやるか。
腰のガントレットをはめてスキルの会心の一撃を使うと体が淡く光った。
その光を意識して右手に集める。
そういやここに来てからけっこうストレス溜まってたな。
この一撃で発散させよう。
ん?なんか右手に集めた光が赤く見えるが、ガントレットが赤いせいか?
まぁいい、今はあの赤服の魔族だ。
赤服に向かって走り出す。
「どけ。」
叫んだわけではないが、ヒトミとウサギは聞こえたようで赤服から離れた。
「素手で俺を倒すつもりか?俺に物理攻撃は効かねぇよ!」
俺に気づいた赤服が構えをとった。
後ろからはアリアが魔法を使っているのが聞こえる。
俺にいろいろ支援魔法を使ってくれてるみたいだな。
まぁこの一撃で倒せなかったら余計にストレスが溜まるだろうってのがわかってるんだろう。さすがアリアだ。
俺は最後の一歩を全力で踏み、タイミングをズラして間合いに入った。
赤服は間合いに入られても、物理攻撃は効かないという自信があるからか、少し驚いただけで動揺はしていない。
俺は力をためた右腕を思いっきり振り抜いて、赤服の左頬に打ち付けた。
少し抵抗を感じたが、振り抜いた時には赤服の首から上はなくなっていて、首からは血が噴水のように上がり、頭を失った体がゆっくりと崩れ落ちた。
殴った感触がなさ過ぎたが、まぁそこそこスッキリはできたかな。
「セリナ、サーシャ。俺は速攻で倒せっていったよな?なんで遊んでるんだ?」
セリナとサーシャはビクッと一瞬動きを止めた。
その隙を狙って傷だらけの魔王が俺の前に飛んで来た。
「私との戦いに男が出てくるとはやはり人間は馬鹿だ。しかも強いときた。さぁ私のために働け!」
何かが俺の中に入ってこようとしたが、別の何かがそれを阻止した。
あぁ、魅了を使おうとしたのか。
俺は魔王の頭を鷲掴みした。
「なっ!?なぜ魅了が効かない!?魅了のスキルが効かなくとも我を見て欲情しないとは、お前は本当に人間の男か!?」
戦闘中に欲情する馬鹿とかいんのかよ。
「あいにく俺はクリアナに欲情しないよう耐えきった男だ。お前ごときに欲情なんかするわけねぇだろ。お前の相手は俺じゃねえ。戻れ。」
魔王の頭を掴んだまま、サーシャの方に放り投げた。
セリナを確認すると、黒服の首を切り落としていた。だが、セリナは俺と目を合わせようとしなかった。
まぁ後でいい。
あらためてサーシャに視線を戻すと、サーシャは周りにまとった血を飲み込んだところだった。
「あら?私にかすり傷を与えただけで満足しちゃったの?このくらいすぐに治っちゃうわよ?」
「うぬは吸血鬼の力を知らぬのか?今までは遊んでやっておったが、リキ様がお怒りなのでの、これで終わりとする。」
サーシャは可哀想なものを見る目で魔王を見た。
見られた魔王は自分の体の異変に気づいたのか、目を見開いてサーシャを見た。
次の瞬間、魔王が破裂した。
飛び散るはずの血はサーシャの広げた右手のひらに集まっていった。
集まりきると、その血をサーシャは啜るように飲んだ。
よっぽど美味いのか、頬を染めて艷っぽい雰囲気を醸し出している。
最後に唇を舐める仕草は艶かしいを通り越してなんかエロい。
ガキには似合わねぇな。
「満足してるようだが、セリナとサーシャは後で説教だからな。」
セリナとサーシャが驚いた顔をして俺を見た。
当たり前だ。イーラを残してこなかったらたぶん村はなくなってる時間だろう。
というかあの地鳴りを起こすほどの大軍をイーラ1人で大丈夫だったのかが心配なくらいだ。
ん?ヒトミとサーシャから進化許可申請がきてるな。
もちろん許可だ。
許可をすると目の前のサーシャが一瞬光ったように見えたが、見た目は特に変わりない。
いや、オッドアイだったのが、両目とも金になってるな。本当に微妙な違いだけど。
サーシャの種族名を確認すると“吸血鬼の女王”となっていた。
こいつも性別ないのに女王なんだな。
しかも“の”とか入ってると取って付けた感が半端ない。
まぁそれがこの世界の理ならツッコムだけ無駄だろうがな。
「フハハハハッ!これで我は魔王となった!もうお主に怯える必要もなくなったぞ!」
…。
「俺を裏切る気か?」
「裏切るわけではない。お主との生活はなかなか楽しいからのぅ。ただ、主従関係をハッキリさせる時がきたというわけよ!」
なるほど、下克上か。
…それを裏切りというんじゃないのか?
それに俺を殺意を持って攻撃したら死ぬってことを忘れてんのか?
まぁサーシャは馬鹿だから仕方がないか。
もう魔王は倒したし、ちょっと付き合ってやるか。
サーシャは背中から血を噴出させ、空中に血の塊を浮かび上がらせた。
数は30ほどか。
1つ1つが鋭利な形へと変わっていき、硬質化されていってるみたいだ。
さて、それじゃあ今までと変わらないぞ?
サーシャが準備を終える前に全力の一歩で間合いに入ると、サーシャと目があった。
なんだか力が抜けた気がするから、手加減はやめて本気で殴るとサーシャの肩が弾けた。
サーシャが避けてなかったら殺してしまっていたかもしれない…危なかったな。
後ろに下がってまた距離を取った。
ん?というか俺はアリアの魔法の効果がまだ切れてないのにサーシャはよく避けれたな。やっぱり魔王に昇格すると強くなるのかもな。
「…。」
サーシャは驚いた顔で俺を見ているが、俺からしたらもう肩が治ってるサーシャの方が驚きだわ。
サーシャの攻撃が始まる前に次の行動に出ようと足に力を入れた。
「ままままいった!降参じゃ!もう痛いのは嫌じゃ!調子に乗ってごめんなさい!」
…は?
まだ始まったばかりだというのに土下座しやがった。
なんで一度も攻撃しかけてないのに降参してんの?
「いや、降参するならせめて攻撃してからにしろよ。サーシャがどのくらい強くなったのか確かめられねぇじゃねぇか。」
「…え?我はもう新しく手にした魔眼を使ったぞ?それなのにリキ様の攻撃を避けきることができないどころか肩を破壊されたのだぞ?どう勝てというのだ?」
顔を上げて話し始めたサーシャは泣きそうになってる。
というか俺、なんかされたのか?
その後もポツポツと話し始めたサーシャの話を要約すると、魔王になって身体能力…用はステータスが大幅に上がったようだ。
他にもいくつかスキルも身についたようだが、1番は魔眼をもう1つ手に入れたことらしい。
『魔眼:呪い』は相手のステータスを下げ続ける効果があるそうだ。視界に入っている間限定らしいが。
目が合うと一気に下げることも可能らしい。近ければ近いほど効果は大きくなるとか。
それで、俺との戦闘が始まる前から既に俺に対して魔眼を使ってたらしく、俺のステータスは徐々に下がってたらしい。
しかも間合いに入った際にごっそりとステータスが下がってるはずだとか。
確かに目が合った瞬間、力が抜けたな。
しかも、サーシャ自身は魔王に昇格したからステータスが大幅に上がっているにもかかわらず、俺の攻撃を避けきれなかったうえに一撃で肩が弾け飛んだ。
それでこのあとどう勝てと?
ステータスが下がりきるまで時間を稼げば勝てるだろうがそれはいつ?
攻撃を始めれば当たるかもしれないが、その前に次の一撃で殺されるのでは?
そんなことをいいながら泣き始めてしまった。
泣くくらいなら下克上なんか狙うなよ。
俺はサーシャに近づいて、頭をポンポンと叩く。
「大丈夫だ。お前は間違いなく強い。ただ、俺がそれより強かっただけだ。俺はサーシャの主なんだ。強くて当たり前だろ?だから泣くな。涙は後で説教するときまで取っておけ。」
「え?」
サーシャが呆然とした顔で俺を見た。
どうやら涙は止まったようだな。
「大丈夫だとは思うが、イーラが少し心配だ。だから早く帰るぞ。」
「「「「はい。」」」」
「…。」
返事をしなかったサーシャを見るとまだ呆然としていた。
「帰るぞ。」
「…はい。」
やっと返事をしたサーシャは立ち上がって服の埃を払った。
倒れてる黒服と赤服の魔族に自身の血を振りかけたと思うと、黒服と赤服の体から血が抜けて、サーシャの口へと運ばれた。
そういや魔王を倒した証明として、死体は持ってった方がいいのか?
魔王のミイラのような死体を持ち上げると、かなり軽かった。
少しかさばるが、魔王と側近2体くらいなら持っていけそうだな。
アイテムボックスに入れば全部持っていけるんだが、なぜかこのままだと入らないんだよな。
まぁ3体あれば十分だろ。
俺は3体の死体を持って、特別編成部隊の元へと戻った。
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