第104話



町に戻った後はてきとうに飯を済ませて宿屋をとって、アリアとイーラとセリナだけ連れてスラムに向かった。


相手は化け物らしいから、1人で行くわけにはいかないが、まだ戦い慣れてない仲間を連れて行くわけにもいかないからな。


俺の名前を知っているようだから、念のため俺はローブを着て、フードを被っている。

パツパツだし、奴隷に着せていたからかちょっと臭いが我慢だ。


一応全員に『ノイズ』もかけている。


これで警戒しないで出てきてくれるとありがたいんだがな。


墓地までの道を聞くのを忘れたから、てきとうにスラム街を歩いている。


前にイーラに乗って町中を高速で走り回ったから、一度は通ってるはずなんだが、あんな高速で走ってたら風景なんて全く見れねぇから。

そもそも観察眼頼りのカレン捜索だったしな。


だからセリナに警戒させながらスラムをぶらぶら散歩しているわけだ。


夜になると不気味さは増すが、気温や湿度が下がるおかげか死臭のようなものは若干薄れているような気がする。


死にかけの人間もほとんど建物内に入ってるみたいだから、そこまで気分が悪くならずに済んでいる。もしかして慣れただけか?


まぁいい。




スラム街のだいぶ奥の方に来た時、いきなりゾッとするほどの寒気がした。


「とても危険にゃものが来ます!たぶん噂の化け物です!」


何事かと思うと、セリナが尻尾を逆立てながら、双剣を構えて警告してきた。


アリアも杖を構えているが、イーラだけは首を傾げている。

アリアとセリナは微かに震えているというのに、イーラは何も感じないのか?


とりあえず俺もガントレットを装着して、化け物の出現を待つ。


話では霧が発生するようなことをいっていたが、今は霧なんか発生していない。

もしかして話に出てきたのとは違う化け物もいるのか?


余計なことを考えるのはやめよう。

今は化け物に集中するべきだろう。


コツッコツッと靴音を立てて、寒気の発生源であると思われる者が建物の陰から姿を現した。


うん、当たって欲しくない予想通りのやつだった。


ただ、初めて会った時はなんの脅威も感じなかったのに、今は逃げるべきだと本能が危険を知らせてくるくらいだ。

この短期間でそんなに強くなったのか!?


そんな俺の驚きなど関係なく、化け物は徐々に近づいてくる。


銀の長髪が月明かりに照らされてキラキラと輝き、金と銀のオッドアイを怪しく光らせ、微笑む姿はそれだけで絵になるような存在。


オークションで泣かせた吸血鬼がそこにいた。


吸血鬼は目を細め俺らを観察しながら口を開いた。


「うぬらはリキ様の知り…合いではないか…。」


吸血鬼がアリアを見た瞬間に落胆した。

どうやらアリアを覚えていたようだ。


吸血鬼は踵を返して、歩き出そうとしたが、このまま帰すわけにはいかない。


「ちょっと待て。俺に迷惑をかけるなっていったよな?」


俺はローブを脱いでアイテムボックスにしまった。


吸血鬼は興味なさそうに肩越しに振り返ったあと、目を見開いて体ごとこっちを向いた。


「リリリリリリキ様!?あ、いえ、我はまだ誰にも何もしていないぞ!?だから殴らないでほしい!」


アワアワとしたと思ったら、何を思ったのか土下座した。いや、ひれ伏したというべきか。


俺の観察眼が危険だといっている相手が土下座をしてるってのはかなり違和感があるな。

罠か?


いつもなら頭を踏みたくなる衝動に任せて踏んでいるのだが、今回は罠の可能性を考慮して、我慢した。


「何もしてないだと?お前が俺の名前を出して人間を脅してるから、噂になってんじゃねぇか。」


まぁおっちゃんから聞いただけだから、まだ噂になってるのかはわからねぇけどな。


「そ、それは間違ってリキ様のお知り合いに手を出さぬように確認をしていたのだ。それが迷惑になるとは思いもよらず…ごめんなさい。」


「リキ様はこの化け物と知り合いにゃの?」


そういやセリナはオークションに行ってないからな。


「まぁ奴隷市場と前に行ったオークションで会っただけだがな。」


「…もしかしてあの吸血鬼ですか?リキ様には姿が見えているのですか?」


アリアは何をいっているんだ?


「何をいってんだ?月明かりだけでも十分見えるだろ?」


「…月明かりですか。だとしたらリキ様にはこの霧が見えていないということですね。つまりこの霧は幻影の類のようです。」


霧?どういうことだ?


「おい。吸血鬼。俺の仲間に魔法を使ってんのか?」


吸血鬼はビクッと肩を跳ねさせた。


「ごめんなさい!もう解いたので、平に平に!」


なんでこいつはこんなにビビってんだよ?これも演技か?

…あれ?危険を感じなくなったぞ?

もしかしてこれもこいつの魔法かスキルだったのか?


それはあとでいいか。それよりも。


「お前はここで何してんだ?俺の前に二度と現れないようなことをいってた気がするが、なんでまだこの町にいる?」


「それは…。」


目を逸らしやがった。

こいつはスラスラと質問に答えられねぇのかよ。めんどくせぇ。


拳を握るとガントレットがカチャッと音を立てた。


「また殴られてぇってことか?」


「え!?いや、そ、そんなことはないです!恥ずかしながら血が足りぬために壁を越えられなくて町にいるのです!ここで人間を襲っているのも血を得るためです!」


人の血液がこいつの動力源ってことか?吸血鬼は他の魔物とは根本的に違うのか?…でも今、魔法を使ってたよな。


「嘘つくなよ。今、魔法を使ってたじゃねえか。」


カチャッ…。


「うううう嘘ではないです!さささっき使ってたのはただのスキルですが、壁を越えるためには翼が必要で、翼を生やすのに血が必要なのです!」


吸血鬼が正座のまま、顔を守るように腕で隠した。


というかこいつは俺にビビり過ぎだろ。

オークションでの最初の頃から口調が変わってるな。むしろよく敬語を知ってるなと感心するべきか?同じ魔族でもイーラは相手によって言葉遣いを変えるなんてこと出来そうにないしな。


…思考が逸れたな。


えっと、こいつが壁の外に出れればいいのか?だとしたら一緒に門を潜って出してやってもいいんだが、その後にこいつが問題を起こして俺のせいにされたら面倒だな。

放っていればそのうち必要分の血液を手に入れて勝手に出て行くだろうし、放置でいいか。でも、そうするとまた俺の名前を出すかもしれねぇ。

名前を出すなといったら、この町だと今度は知り合いが襲われる可能性がなくはないだろうしな。


「リキ様の使い魔になっちゃえばいいじゃん。」


俺がどうしようかと考えていたら、ずっと静かだったイーラが首を傾げながら吸血鬼に話しかけていた。


吸血鬼は腕の隙間からイーラを見て、ガードを下ろした。


「我に人族の下に付けというのか?バカにするでないぞ、同族よ。」


なんだろう。人族の前に自ら正座して、土下座までしてきたやつのセリフではねぇな。


「ん〜、でもリキ様と一緒にいると楽しいよ?」


「イーラ。微妙に話が噛み合ってないと思うぞ。それにこいつの意思の前に俺が欲しいと思うかだろ?」


「だってこの吸血鬼はセリナに化け物っていわれるくらいに強いんでしょ?だったらリキ様の役に立てると思うよ〜。」


確かにアリアのルモンドなんちゃらを二撃で破壊できるだろうくらいの攻撃力はあるんだよな。

それにセリナに化け物っていわせるとしたら相当だ。

前に剣2本に突き刺されても死ななかったし、戦闘の役には立ちそうだ。


そう考えたら欲しくなってきたな。

でも従う気のないやつを仲間にする気はないしな。


「イーラの意見も最もだな。だが…。」


「我を置いて話を勝手に進めるでない!我はいくらお主が強かろうと人族の欲望のはけ口などになるくらいなら死を選ぶわ!」


ん?一般的な待遇は奴隷も使い魔も変わらないのか?


「お前は使い魔が何をさせられるか知ってんのか?」


「奴隷商の男からだいたいは聞いておる。我は見た目が美しいからの、性奴隷になる可能性が高いとな。もしくは他の魔族同様に虐待奴隷として買われるともいっておったな。どちらも許容など出来ぬわ!」


自分で美しいとか…。


「一応いっておくが、俺が欲してるのは戦闘奴隷だ。虐待そのものを楽しむ趣味はないし、奴隷や使い魔に手を出すつもりはない。だが、俺の命令は絶対だし、裏切りは許さない。だから使い魔契約はする。その条件が飲めるなら、仲間になるか?」


「強欲な人族の言葉など信用できるか!現にお主は我を殴り殺そうとしたではないか!」


「…それはあなたがわたしたちに危害を加えようとしたからではないですか。リキ様のいっていることは本当です。虐待はしませんし、性的な目で私たちを見てもくれません。」


俺が答えるより先にアリアがフォローをしてきたのだが、何か違和感があったぞ?


「そうだね〜。怒ると怖いけど虐待はしないし、性的虐待どころか女としてすら見てくれてにゃいよね〜。」


セリナも加わってきたが、これはフォローだよな?


「リキ様の使い魔になればたくさん戦えるし、倒した魔物は食べ放題だよ!それに仲間を皆殺しにされて、一人ぼっちのレベル1のスライムだったイーラをここまで強くしてくれたんだよ!リキ様、本当に大好き!」


イーラが横から抱きついてきた。

というか今、こいつはしれっと凄いことをいわなかったか?仲間が皆殺し?

でも本人がそこまで気にしてる素ぶりがないから、ヘタに突っ込むべきではないか。


「まぁ、こいつらは俺の奴隷と使い魔だから言葉に信用性がないと思うかもしれねぇが、肉体的にも性的にも虐待するつもりはない。まぁ俺に逆らえば殴りはするがな。それに俺の仲間になるってのは選択肢の1つでしかない。好きにしろ。ただ、次俺に迷惑をかけたら討伐するからな。」


吸血鬼はビクッと肩を跳ねさせた。


「…先ほどの同族の話は本当なのか?」


「仲間のことは知らねぇが、レベル1のスライムだったのは本当だな。ただ、こいつがここまで強くなったのはこいつの努力であって俺は特に何もしてないがな。」


戦闘訓練といえるようなことは一度しかしてないしな。

まぁ回避の重要性を教えた時のも含めれば2回か。


「そんなわけあるか!レベル1のスライムなど、踏めば死ぬような雑魚ではないか!仲間の助けなしで魔族に昇格など出来るわけがなかろう!」


吸血鬼は立ち上がって声を荒げた。


「そんなこといわれてもな。それに踏めば死ぬなんてことはないだろ。物理無効を持ってんだから。」


「あのときのイーラだったら踏まれただけで死んでたよ〜。再生できないから飛び散った体を集める間にPPが尽きて死んじゃってたと思うな〜。」


さっきから抱きついたままのイーラが当たり前のことのようにいってるが、死ぬのが怖くないのか?いや、あのときのイーラは怖がってたな。

もう過去のことだからこんな風にいえるのかもな。


というより、物理無効なのに踏まれたら死ぬっておかしくね?

まぁこの世界のことをよく知らない俺が考えたところで答えなんて出ないだろうからスルーでいいや。


「何年だ?」


こいつ敬語を使わなくなったな。まぁべつにいいけど。


「何が?」


「人族の年齢は見た目ではいまいちわからん。だからお主の正確な歳がわからんが、15歳から35歳といったところか?仮に35歳として、スライムを育て始めたのが5歳からとしたら30年か?それでもスライムを魔族に昇格させるのは簡単なことではないと思うが…。」


「俺は16歳だ。イーラがどのくらいで魔族になったかは覚えてねぇ。」


さすがに35歳は失礼過ぎるだろ。

怒りを通り越して悲しくなるわ。


「…イーラを使い魔にした日を含めて5日間です。」


そんなの覚えているとか、さすがアリアだな。


「何がだ?」


吸血鬼はアリアを見て首を傾げた。

こいつは自分から質問しておいて理解出来ていないようだ。


「…レベル1のスライムだったイーラが魔族に昇格するまでの日数です。」


吸血鬼は無言でアリアから俺に視線を動かしてきた。

真偽を俺に確認してるのか?


「たぶんそんなもんじゃねぇか?アリアがいうなら間違いないだろうしな。」


「嘘だ!!!」


人に真偽を確認しといてそのセリフはねぇだろ。

そろそろ面倒になってきたな。


「信じる信じないは好きにしろ。正直どうでもいい。そろそろ帰って寝たいから早く決めろ。俺の仲間になるのかならないのか。」


「ぐっ…。お主の仲間になったら人間の血を吸う機会はあるのかの?」


「俺に敵意を向けてきたやつで、俺が許可を出した場合はかまわないが、勝手に人間を襲ったら許さない。」


「契約期間は何年だ?」


「は?一度契約したら解放する気はない。強いていうなら俺が寿命で死ぬまでだな。もちろん嫌になって俺を殺そうとしたら、お前は死ぬだけでは済まされないからな。」


もともと白い吸血鬼の顔からさらに血の気が引いたように見えた。


「リキ様の使い魔になれば、人間に討伐される心配はなくなるよ?」


なんだか今日のイーラは勧誘に積極的だな。

正直俺はもうどうでもよくなりつつあったんだが、イーラはやっぱり同族の仲間が欲しいのか?

ヒトミは同族っていっても魔物だしな。


「だが、我らは戦闘奴隷なのだろう?使い潰されて終わるのであれば、あまり変わらぬのではないか?」


「リキ様はそんなことしないよ!一緒に戦ってくれるし、危ないときは護ってくれるもん!」


「金のかかった奴隷ならまだわかるが、なぜ使い魔を護る?意味がわからんぞ。」


「仲間だからだよ。」


イーラが二ヘラと笑った。


「仲間か…。」


吸血鬼は少し悩む素ぶりを見せた後、黒いドレスの埃を手で払ってから俺と目を合わせてきた。


「我はお主の下につくことにした。よろしく頼む。」


そういって、吸血鬼は片膝をついた。

セリナのときがこんなんだったな。


ちょうどいい高さにあった吸血鬼の頭に手を乗せて、テイムをしてから使い魔契約を発動させた。


右手から生まれた黒い何かが吸血鬼の頰を伝った瞬間、吸血鬼が目を見開いて硬直した。

そんなことは御構い無しに黒い何かは吸血鬼の胸まで進んで蠢き、浸透していった。



使い魔3に登録されたみたいだ。


名無し 3歳 LV64

種族:吸血鬼

スキル 『ドレイン』『消音』『血液操作』『血液変換』『魔眼:魅了』『印象操作』『幻影』『再生』『眷属生成』『精神侵食』『認識阻害』

加護 『成長補強』『成長増々』『進化補強』『状態維持』『成長促進』



変わったスキルを持ってるな。


ドレイン…相手から奪うスキル。


血液操作…自身の血液を自在に操れるスキル。


血液変換…自身の血液を変換するスキル。


魔眼:魅了…目を合わせた相手を魅了出来るスキル。


印象操作…自身の印象を任意で変えられるスキル。


眷属生成…強制的に眷属を作り出せるスキル。



スキルだけ見るとかなり危険なやつじゃねぇか?

吸血鬼が怖がられる理由がなんとなくわかったな。

たまたま俺に精神攻撃が効かなかったから相手を出来ただけで、普通なら目が合っただけで終わりだしな。


それにマジックドレインならアリアが使えるし、MPを奪うってのもわかるが、ただのドレインだと何を奪うんだ?全てか?だとしたら危険すぎるだろ。しかもスキルだからMP消費もなさそうだしな。


そういや幻影ってセリナも持ってた気がするが、セリナのは自分で操作してる影をセリナの姿にするとかじゃなかったか?

でもこいつは霧をスキルで発生させてたようなことをいっていたし、それっぽいスキルは幻影しかないしな。

解説するのが早いか。


幻影…幻を生み出すスキル。


ん?もしかして、同じスキルでも人によって違うのか?

それともスキルも成長するとかか?


まぁそういったスキルが1つだけじゃどっちかなんてわからねぇな。


仮に成長するにしてもどうすれば成長するかなんてわからねぇし、今はそういう可能性もあるってことだけ覚えておくか。


「名前が無いと呼びづらいから、名前を付けるぞ。…眠いから考えるのが面倒だな。イーラが勧誘したんだからイーラが付けろ。」


「我の名前を勝手に「サーシャ!」」


吸血鬼の言葉を遮るように、少しだけ考える素ぶりを見せていたイーラが名前をあげた。

由来はわからないが、もうそれでいいか。


「だからなぜ我の「サーシャで決定だ。文句あるか?」」


「………ないです。」


「じゃあ今からお前はサーシャだ。自己紹介とかは宿に戻ってからだ。」


「「「はい。」」」


「はい。」


そういやサーシャは一応まだ奴隷商のものなのか?

だとしたら話を通しておくべきだろう。あの男とはなんとなくあまり揉めたくはないからな。


金を払えといってきたら、サーシャを使い魔解放して返せばいいか。そこでサーシャが暴れても俺の責任ではないしな。


討伐しなければならないってなったらどうするか…。サーシャを売るか、目撃者を全員消すか…まぁ奴隷商と話してから考えればいいな。


とりあえず宿屋に帰る前に、そんな遠くないから奴隷商のところに行くか。

まだ奴隷市場がやってるかはわからないが、業務内容的に憩いの場の方はやってるだろうしな。


さっきからずっと抱きついていたイーラに変身するよう指示をして、奴隷市場に向かった。

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