第105話



奴隷商が店の外にいる可能性を考慮して、奴隷市場から少し離れたところでイーラから降りた。

イーラを人型に戻させて、残りは歩いて向かうことにしたのだが、この選択は正解だったようだ。

今日も奴隷商は外に突っ立っていた。


それにしてもこいつはいつ寝てるんだ?


「これはこれはリキ様。こんな遅くにいかがいたしましたか?」


いつものお久しぶりですじゃあねぇんだな。


そもそも俺が奴隷を連れてここに来るときは新しい奴隷を買う以外にほぼないだろ。


まぁ奴隷商の目線がサーシャを捉えたときに一瞬表情が変わったから、なんとなくの要件は察してんだろうな。だからこそあえての確認か。


「さっきすぐそこで魔物を使い魔にして、せっかくだからと挨拶に来ただけだ。」


「我は魔物などではない!」


「あぁ、悪いな。んで、奴隷商の意見を聞きたいんだが、問題はあるか?問題があるならこの場ですぐに使い魔解放をしてもかまわないが、その後のことは俺は関与しない。」


奴隷商は意味を察したようで、いつもの寒気を感じる笑顔を作った。


「問題などありません。オークションの主催者からは既に納得のいく金額をいただいておりますし、依頼されていた討伐をする必要がなくなりましたので、むしろ感謝いたします。」


奴隷商はペコリと軽く頭を下げた。

まぁ心はこもってないが、許可は出たから問題ないだろう。金のこともいわれなかったしな。


「勝手にやった事だから感謝なんかいらないが、率直に聞きたいことがある。こいつはけっこう人を殺したうえに顔を見られていたと思うが、連れ歩いて大丈夫なのか?」


「それについては復讐の危険や罪の有無の問題はないかと思います。ただ、目をつけられる可能性は非常に高くなるかと思います。」


「目をつけられるってのもなんとなくわかるし、罪にならないのなら良かったが、なんで復讐の危険がないといえる?」


目をつけられることに関してはサーシャじゃなくても魔族を連れてるだけで可能性は高まるだろう。

イーラは変身出来るから誤魔化せていたが、それ以外の魔族を連れ歩くことになった時点で諦めている。


「1つはあのオークションの主催者が権力者なため、そこで起きたことには全て目を瞑るという暗黙の了解があるためです。もう1つは私たちがそちらの吸血鬼を討伐するために情報収集をしたのですが、恐怖のせいか正しく認識している者が少なかったので、連れていても気づく者が少ないかと思います。仮に気づいたとしても下手に騒ぐと痛い目を見るのが自分だと理解していると思うので、リキ様に復讐なんてしないかと思います。」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味です。リキ様は自分で思っているより有名なのですよ。」


有名って、目立つようなことはしてないはずだぞ。

でも『少女使い』なんていう不名誉な二つ名を付けられてるっていってたな。


「まぁ大丈夫ならいい。要件はそれだけだ。ありがとう。」


「良ければ新しい奴隷を見ていきませんか?」


礼をいって帰ろうとしたところで呼び止められた。


「もう帰って寝たいから今日はいい。」


「1名だけなので直ぐに済みますし、とても珍しい者なので、見ておいて損はないかと思います。それにその者もリキ様の奴隷になりたいとのことなので、ぜひお願いいたします。」


奴隷商が食い下がるなんて珍しいな。

よっぽど珍しいのか?


「なんでそいつは俺のことを知ってるんだ?」


新しい奴隷だっていうのに会ったことあるやつなのか?もしかして前に奴隷落ちしたスタッフが戻って来てるとかか?でもあいつは別に珍しくはないから違うか。


「奴隷市場内でも知られている程、リキ様は有名なのですよ。」


こいつが変な噂を広めてるとかじゃないよな?

まぁいい。そこまでいうなら見てみるか。


「わかった。だが、今日は余計なのはなしでそいつだけ見せてくれ。」


「ありがとうございます。それではご案内いたします。」





奴隷商は俺の指示とはいえ、珍しく他の奴隷はスルーして、奥へと俺らを案内した。


最奥の手前の廃棄寸前エリアへと。


またここかよ。

一瞬馬鹿にしてんのかとも思ったが、アリアっていう事例があるからこそのオススメかもしれないし、ヒトミみたいに他には置いておけないだけかもしれないから、そんなことでいちいち怒るべきではないな。


アリアたちは入り口で待機させ、俺と奴隷商の2人で中に入った。


「こちらが今回新しく入りました、オススメになります。」


奴隷商が示した檻を見ると、赤い光点が2つ見えた。

なんだろう。凄い既視感なんだが。


「おい、奴隷商。本当に新しい奴隷なんだよな?」


「…。こちらの奴隷は混ざり者なうえにステータスエラーを起こしているという、とても珍しい者でございます。」


暗さに目が慣れて来たことにより、檻の中が見えるようになって来た。


長い白髪と白い肌に赤い目をした、まるで白兎のような少女。

髪がボサボサからちょっとの外ハネに変わってはいるが、左腕がなく傷だらけなのは変わらないし、間違いなくこの前のやつだな。


奴隷商を睨むと目を逸らされた。

珍しい反応だな。


「…申し訳ありません。リキ様の奴隷になりたいとこの奴隷から頼まれましたもので。」


奴隷商が奴隷の頼みを聞くのか?

こいつが本来の入手法と違うからか?



…まぁどうでもいいか。

本人がやる気があるなら、戦闘奴隷が増えて困ることはない。


「そうなのか?」


目があった少女に一応確認を取った。


「べ、べつにあんたの奴隷になりたいなんて思ってないんだから!」


イラッとして、反射的に檻を殴ったら、鉄同士がぶつかるような凄い音が響いて檻がひしゃげた。

ガントレットを外すのを忘れてて良かった。素手だったら指の骨が折れてたかもしれない勢いで殴ってしまった。


「おい、奴隷商?どういうつもりだ?」


「申し訳ございません。この者は恥ずかしがり屋なため、今のは照れ隠しでございます。リキ様の奴隷になりたいといっていたのは本当でございます。」


奴隷商は珍しく早口でいい切ると、少女を睨みつけた。


「あっ、いえ…ごめんなさい。」


少女は慌てたような仕草をした後、俯いて謝罪してきた。

謝るくらいならふざけたこというんじゃねぇよ。


というより、奴隷商が無理やり従わせようとしてるんなら、俺はいらねぇぞ?


「んで、お前の本心が聞きたいんだが、どうなんだ?奴隷商に無理やり従わさせられてんならやめておけ。俺が欲しいのは戦闘奴隷だから、やる気がないなら死ぬからな。」


「やる気はある!けど…。」


「けどなんだ?」


「ウチは戦闘経験がないし、左腕がないから使いものになるかわからない…。」


めんどくせぇな。


「俺はそんなことは聞いてねぇんだよ。俺の仲間になりたいのかなりたくねぇのかを聞いてんだ。もう眠くてイライラしてんだからそこだけ答えろ。ただ、俺の奴隷になったら一生解放されることはないし、戦闘は強要する。あとは絶対的な2つのルールとして、俺を裏切らないというのと俺の命令は絶対だというのは守ってもらう。このことも加味して答えろよ。」


少女は驚いた顔で少し固まっていたが、真剣な顔に戻った。


そういやこいつの目は死んでないな。

魔物と混ぜられるわ、身体中傷だらけにされるわ、奴隷にされるわで絶望しててもおかしくねぇって状態なのに強いやつだな。


「お願いします。仲間に入れてください。」


「わかった。ならこっちに来い。」


少し離れていた少女は俺の手の届く範囲まで近づいてきた。

首輪を奴隷商に外させてから右手を少女の頭に乗せると、少女はビクッと肩を跳ねさせた。

ガントレットは外してやるべきだったか?まぁいいか。


奴隷契約を発動して胸を選択すると、右手から生まれた黒い何かが少女の頰を伝って胸まで行き、蠢き始めたと思ったらボトボトと床に落ちて、しばらく蠢いてから俺の足に浸透していった。


どういうことだ?拒まれたのか?

でも拒まれたにしてもアオイの時とは反応が違ったな。

人族じゃないからか?でも発動はしたし…。


「おい。えっと…そういや名前はなんていうんだ?」


少女を呼ぼうとして名前を聞いてないことを思い出した。


「…わからないです。」


「は?元は人族なんだろ?孤児だったのか?」


少女は悲しそうに俯いた。


「覚えてないんです。」


まぁこれだけの傷を受けるようなことがあったら記憶障害があってもおかしくないのか?知らんけど。

でも名前がないと呼びづらいから、勝手に付けるか。元の名前を思い出したらそっちで呼べばいいしな。


「じゃあお前は今日から『ウサギ』だ。いいか?」


俯いていた少女が顔を上げて驚いている。


さすがにてきとう過ぎたか?

眠いから考えんのが面倒だったし、この世界には兎はいないっぽいから大丈夫だと思ったんだがな。


驚いていた少女が小声でウサギと呟いてニヤニヤしだしたと思ったら、ハッとした顔をして俺を見てきた。

こいつは奴隷市場にいるやつにしては珍しく、コロコロと表情が変わるな。


「べ、べつに嬉しくなんてないんだがらね!」


「あ?」


「あ、いえ…ありがとうございます。」


面倒なやつを仲間にしてしまったかもな。

というかまだ奴隷契約できてなかったんだった。


もう一度奴隷契約を発動させた。

これでダメなら金払って奴隷商に契約してもらうか、首輪にするしかねぇな。


右手から生まれた黒い何かがウサギの頰を伝って胸まで行き、蠢き始めた。

なんかさっきより頑張ってる感があるな。いや、生き物じゃないだろうし、気のせいだろう。


いつもより長く感じたが、やっとウサギの胸に浸透して、奴隷紋が刻まれた。


奴隷画面にも奴隷7としてウサギの名前がある。



ウサギ



ハッキリ見れるのはこれだけだ。


ぼやけているうえに薄っすらとしか表示されていないから見えづらいが、たぶん『種族:混ざり者』という表記もあるにはある。


他は何もない。レベル表記もないってことは鍛えても無駄なのか?

スキルも加護もステータスもないけど、まぁテンコもそうだし、気にしたってどうしようもないか。


「リキ様は強制契約すら詠唱なしに使用できるのですか。」


奴隷商が訳のわからないことをいっている。


「いや、普通の奴隷契約だぞ?」


「ステータスエラーを普通の奴隷契約で使役するとは、さすがとしかいえません。」


なんで褒められてんのかわからねぇな。

まぁ嫌味とかではなさそうだからスルーでいいや。


「今度こそ帰るが、この檻の弁償は必要か?」


ウサギの発言でイラッとして壊した物だから、ウサギを仲間にしたのなら払うべきかと思い、一応の確認だ。

もちろんウサギを仲間にしなかったら払う気なんか全くなかったがな。


「いえ、それはこちらの不手際によるものですので、問題ありません。それでは出口までお送りいたします。」


「あぁ、頼む。」


奴隷商はウサギの檻を開けてから、出口に向かって歩いていった。

俺はウサギやアリアたちを連れてついていく。


今日は長かったが、やっと帰れるな。



これから山頂の魔物の討伐までに全員を死なない程度にはしないとなぁと考えながら、宿に帰った。

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