Whimsical Feelings

ピピピ……ピピピ……ピピピ……。

ナス型の車に乗ったカエルの目覚まし時計が俺を起こそうと必死に体を揺らして音を出す。ツーがいつの間にか俺の部屋に置いていたその目覚まし時計は最初はうざかったかが、慣れとは恐ろしいものでもう気にもならなくなった。俺の部屋は今はもうあいつの住処同然だ。


「ん~……」


背筋を伸ばして気持ちを起きる体制にシフトする。ポキポキと骨の鳴る音がした。隣を見るとあたかも当然のような顔をして服をはだけさせ寝ているツーの姿。ほんとこいつと寝るのも普通になるとはな。

俺達問題児がこの場所に来てからもう2週間になるが、今のところ俺達には何も指示が降りてこない。

ツーを起こさないようにベッドから抜け出そうとすると、ツーの足が俺の足に絡んでいて抜け出せない事に気づく。遠慮がちに足をどかして今度こそベッドから抜け出す。個室用冷蔵庫から飲料水を取り喉を鳴らして飲む。

日課の朝風呂に入ろうとドアノブに手をかけると、後ろから声をかけられた。


「ヤク。一緒に入る~?」

「ばーか」


このやり取りも日課の一部とも言える。毎回毎回断られると言うのに律儀に誘ってくるツーに俺はため息をつき、それ以上何も聞きたくないとばかりに外に出た。パタンッとドアの閉まる音。そろそろ寒くなる季節だが、辺りはまだほのかに暖かい。

寝起きでまともに働かない頭を覚醒させる為にもさっさと風呂に入ろう。

風呂場につきシャワーからお湯を出していく。ちなみにシャワーから出ているのは人口水でもう自然から湧き出る水などはこの世に存在しなくなった。昔は山から自然の水が出ていて、それを飲むためだけに遠方から旅行しに来てる人もいた時があったとか。子供の頃過ぎて覚えてはいないが……。


温まっていく体。覚醒していく頭。俺の体を伝い流れていくお湯。日常はいつも同じサイクルで起きるものの事を言うと俺は考えている。日課もその一つだ。

この時間に起きているのはいつも俺一人で、基本寝るのが遅い他のメンバーは昼過ぎまで起きてこない。ツーは気分で朝から起きてたりもするが基本だらけてるのはいつも変わらない。俺の【名義上だけの部下】の為の朝飯(昼飯)を作るため、早々に風呂を切り上げる。と言っても風呂に入ってから時間はもう30分も経過していた。これもいつもと同じ。


あいつらは基本軽食が好きだ。サンドイッチばかり作って食わしている気がする。

俺は軽食があまり得意ではないから普通に白米が食いたいんだが……。

頭の中でぶつくさと文句を言いながらパンの耳をナイフで切っていき、パン、野菜、肉、卵、肉、野菜の順に乗せていき最後に上にパンを載せたら完成だ。誰でも作れる物なのに俺以外は誰も作らない。作ろうとしない。

だいたい40回ほどそれを繰り返し作り終わった物を冷蔵庫に放り込む。


朝の日課が終わり、食事を始めれば時間はもう昼前だった。早ければそろそろ誰か起きてくるだろうなどと考えながら自分の朝食を始める。読書をしながらサンドイッチを齧り、炭酸飲料で流し込む。何とも幸せな時間だ。数十分が経過すると、フィーの部屋の扉が開いた。


「あっ、リーダー。おはようございますぅ」

「あぁ」


フィーは挨拶だけしてそのまま風呂に向かった。その後にニル。ササとゼイ。コロ爺。ツーは夕方に差し掛かるときに起きてきた。


「あ~みんなおはよ~。ふあぁぁぁ……」


そう言ってスタスタと風呂場に行き1時間ほどで出てくる。あんなにだらけてる女が身だしなみを考えて1時間も風呂に入ることが意外すぎて最初はビビった。

ツーが風呂を終えて俺が作ったサンドイッチを3個も食べながらテレビを見ていた。

テレビの内容は、化け物がどこどこで倒されただとか、死者が何人出たとか。

女狐がインタビューに出ただとか、いつも同じような放送ばかりだ。


「そういえば」


ツーの顔が俺に向く。釣られて俺以外の全員が俺に顔を向けた。


「明日。早ければ今日の深夜に初出勤になるよ~」

「何?どうしてわかる?俺にはまだ何も連絡がないぞ」

「ん~感覚?ちょっと言葉では言い表せないんだよね~。でも100%断言するから準備はしておいて」

「了解した。お前らも聞いたな。深夜までは【今日も】自由行動だ。それまでに準備は終わらせておけよ。遅刻は置いていくからな」

「了解!」


とは言ったものの、特にやることがあるわけでもなく各々テレビを見るだとか雑談をするだとかで時間を潰していた。外に出てどこか気晴らしにでも行こうかとも考えたがはみ出し者の俺達が外に出ても疎まれることはあっても歓迎される事などない。顔も割れてるしな。

俺は時間があるうちに出動した際の保存食の作成を始めた。興味ありそうにニルが横でそれを見ていた。


「どうしたニル。お前もやってみたいか?」

「はい、隊長」

「そうか。お前ならそう言うと思って紙に作り方を書いておいた。一緒に作ればその分効率も良くなる。頼んだぞ」

「はい、隊長」


物分かりが一番良いニルにはこういう仕事がよく合う。実際やり始めたニルの方が俺よりテキパキと保存食を作っている。俺自身元々手先が器用な方でもなく、保存食自体が良いと言うだけで、俺の作り方が上手いと言うわけでは決してない。

ツーはいつの間にか俺達の側で俺達の作業を横目に見ながらゴロゴロと寝転がっている。あいつには手伝えと言っても無駄なので好きにさせている。ほんとこいつ何の役に立ってくれるんだ……?


「隊長。これで終わったと思います」

「ん?……あぁ、そうだな。俺より作業が早くて助かったよ。今後とも頼む」

「はい、隊長」


そう言ってニルは保存食を持ってスタスタと行ってしまう。これで一番面倒な準備は終わったか。飲料水を人数分を一週間分用意して、ガスマスクと予備のガスマスク。ガスマスクのフィルターに、野営キャンプとキャンプシールド。簡単だがこれぐらいで十分だろう。どうせ遠方に行くわけでもないんだ。

作戦会議は移動中にするとして、後は深夜まで待機だな。俺も少し仮眠でも取るとしよう。


「少し寝る」

「は~い」


ツーに寝ることを伝えてソファに横たわり目を閉じる。ここのソファは俺の仮眠用スペースとなっていて、特に決めたわけでもないのに誰も使おうとしない。ツー以外は、だけどな。


夢はいつも悪い物ばかり見る。良い夢なんてあるのかってぐらい悪い夢ばかりだ。

いつも決まって同じような夢を見る。自分が責められる夢。逃げる夢。戦う夢。そして今日は……。


「―――おい〇〇〇〇!不味い!ライが!」

「何やってんだ!!早くどけ!シャッターを閉めろ!殺されたいのか!?」

「〇〇〇〇!どうしたらいい!か、体が……あああああ!!!!」


やめろ。


「こちらK-6621-N-CKT!こちらK-6621-N-CKT!応答願います!本部、応答を願います!部隊の半数が死亡!敵は感染型です!私たちの体の中に侵入後脳を支配し自分の体として活動する個体です!すでに残った部隊の2割は感染されてます!」

「こちら本部。感染した仲間は速やかに燃やして殺せ。感染された時点で助けることは不可能と断定。速やかに燃やし、離脱せよ。繰り返す。速やかに燃やして離脱せよ」

「そ、そんな!仲間です!何年も共に戦った仲間なんですよ!?私たちを見捨てるつもりですが本部!」

「―――化け物に友はいない。速やかに行動せよ。通信終了」

「本部!?本部!!くそっ!」


やめろ。


「〇〇〇〇さん!ここはもう駄目です!あなただけでも生きてください!私の部下10名をあなたに託します!あなたの手足として、そして盾としてこいつらを使ってください」

「〇〇〇〇さん。俺達、あなたと戦えて光栄でした。あなたが生きてさえいればまた立て直せます。どうか、生きてください。俺達が最後まであなたを守ります」

「――――シャッター閉鎖!」


やめろ。まだ助けられる。助けられるんだ。


「いいですね!〇〇〇〇さんの命を最優先とします。他の物は切り捨てなさい。私が許可します。本部の元まで護衛すること。私たちはここで―――ッッ!」

「隊長。俺らも一緒ですよ。ライや皆の弔い合戦です」

「……私は良い部下を持ちましたね。―――え?」


地獄だ。この世界はいつも俺達に地獄を押し付ける。


「あいつら何して……ッ!繁殖だ!奴ら繁殖をしている!人間の体を使って生殖行為をしている!化け物があああああ!!」

「待ちなさい!接近戦は危険よ!」


一人、また一人と死んでいく。


「早く逃げましょう!〇〇〇〇さん!」

「ダメだ!後ろにも奴らがいる!殺さずして通ることは不可能だぞ!」

「チッ……〇〇〇〇さん。俺達が時間を稼ぎます。その間に逃げてください!!」


走る。走る走る走る走る走る。走れ。


「ああっ!人間では味わえなかったこの快感!私の部下だった物には私の寵愛を授けましょう!さぁ、そばにきなさい。私と交わうのです」

「た、隊長……。そんな、隊長まで……お、おしまいだ。俺達はもう……」

「ふふ……あはははは!!大丈夫です。怖がらないで?弱くも美しい、人の子よ」


俺の周りは地獄そのものだった。赤黒いスライムのような物が仲間を犯し、眷属を増やしていく。ビクビクッと痙攣をして、スライムの海に横たわる俺の友人。仲間。


「あぁ、温かい。温かいの。私の中に人の子が……」

「ママ。ママ」

「可愛い坊や」


こいつら化け物に人の気持ちなど分からない。俺達を苗床とし、一生自分たちの眷属を増やし続ける気だ。こいつらはここで、殺さないといけない。死んだ仲間の為に。そして、俺の為に。殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

でもどうやって?武器もなく、殺す力もなく。弱い俺はどうしたらいいんだ?


「パパ?」


俺の足元に小さい【化け物】。その顔はかつての俺の仲間の面影を感じさせた。


「うっ!」


化け物の目など気にも留めず俺は嘔吐する。それをニッコリとした顔で化け物は受け止める。それはまるで祝福でも与えられた者のようだ。


「美味しい。美味しい。美味しいね。みんな、美味しいよ」

「ほんとだ、パパのご飯美味しい。美味しい」


ペロペロと汚らしい音を立ててそいつらは俺の吐いた物を舐めまわす。

思えば何故こいつらは俺を【パパ】と呼ぶ?絶望を背にし俺は辺りを見渡した。

そこには赤黒いスライムの形をしつつ俺の仲間の面影を感じさせる顔を持った化け物しかいなかった。そして足元には5歳ほどの小さい子供たち。その数は1000を超えているのだろう。全員が俺を見てニッコリと笑っている。


「〇〇〇〇。一緒になりましょう」

「やめろ。俺に近づくな」

「怖がらないで。痛くなんてないわ。私、あなたのことがずっと好きだったの。私と交わりましょう?そして子供をいっぱい作って幸せに暮らすの。魅力的な世界じゃない?化け物でも人でも、幸せに違いなんてないの……」


そう言って隊長の姿をした化け物は恥ずかしげもなくその裸体を見せびらかし俺を抱きしめる。そのまま俺は地面に押し倒される。小さい化け物たちが俺の体を受け止める。こいつらはどうして俺達人間に笑顔を向ける?


「さぁ、〇〇〇〇服を脱いで?それとも私が脱がした方がいいかしら?」

「その顔で汚らしい言葉を吐くな化け物!!!隊長を汚しやがって殺してやる!殺してやる!!!」

「……?何を言っているの?私はあなたが好意を抱いていた隊長そのものよ。それとも化け物と同化したら人とは変わってしまうの?感情も、姿も、あなたへの愛もそれは何も変わらない私の答えよ?さぁ、あなたと私でアダムとイブになりましょう」

「や、やめろ……」


誰かの靴の音。


「?」


笑顔を纏わりつかせた化け物たちの顔に疑問が見え隠れする。


「や~お盛んなところ悪いね~。私はその人を回収しに来た哀れで可哀そうな女の子。もう子作りは十分だろう?悪いけど、【返してくれるかな?】」

「……」


化け物たちは後ずさる。そのたった一人の声の主に恐怖を抱いているかのようだ。

ずるずると液体を地面にこすりつけるような音を立てながら俺から離れていく赤黒いスライムの化け物たち。俺は自由になった体を必死に立たせ、声の主を見てみる。

”それ”は俺より小さく華奢で弱そうなフードを被ったやつだった。

だが、その体から出ている数えきれない触手はそいつが【普通の女の子】ではないことを俺に伝えていた。


「お、お前は女狐の側にいる……」

「そう。私の名前はツー。女狐の命令で君を助けにきたよ。あやうくあいつらのパパにされるところだったみたいだけど。どう?行きたいなら止めはしないけど」

「やめてくれ。そんなわけ」


隊長の姿をした化け物を見てしまう。その顔は俺をジッと見つめ、目からは哀愁が漂っていた。まるで、恋人を待っているかのようなその態度に俺は一瞬ためらいを起こしてしまう。だってそれはまるで、【人間そのものに見えるから】。


「……ないだろ」

「ふ~ん。そう。人間にもおかしなのがいるんだね。私みたいに……じゃ、消えてくれるかな?低級の化け物さん?」


ツーがそう言うと、化け物たちはずるずると音をたてながら後ずさっていく。かつての仲間たちの面影がある者は皆行ってしまう。そして俺は一人になるんだ。

隊長の顔をした化け物が最後に口を開いた。


「―――絶対、あきらめないから」


まるでその事実を受け止められないことを耐えるようなその声は、今でも俺の耳に残っていた。こびりついた呪いのようなその言葉は、酷く冷たく、そして温かかった。

化け物たちが全員消えると、辺りにはまだ息のある者たちがいた。

俺が急いで駆け寄ろうとするのをツーは止めた。


「待って。もうそいつらも化け物になるよ。殺すからどいて」

「待ってくれ。……俺の手で、殺させてくれ」

「……本当に変わってる」


俺は側に落ちていた誰かの武器を満身創痍の体で持ち上げてその化け物になりかけている元仲間に近づいていく。そいつは顔をあげて俺を見る。俺を最後まで守ろうとしていた隊長の部下の一人だった。


「死にたく……ない。〇〇〇〇さん、俺、死にたくないよ」

「すまない」


グシャッと音がしてそいつの首は落とされる。そして一人、また一人と化け物になりかけている俺の仲間だった者たちを殺していく。


「たす……けて」

「恋人に伝えてほしい。〇〇〇〇さんを責めないでほしいと」

「〇〇〇〇さん。お疲れさまでした」

「先、逝きます」

「あの世ってのは、良いもの……なんですかね」

「死は救いなんてあなたは言いましたけど、今ならそれもそうかなって思えますよ」

「私、あなたの事ずっと恨みませんから。お体を大切に……」


俺はそう言って一人ずつ死んでいく仲間を見て涙を流す。止まらない涙を止める術はない。


「みんな、すまない」


終わった。全員殺した。ツーにも確認してもらった。俺が仲間を殺したんだ。どうしようもなかった。このまま生かしておくことも出来なかった。ツーのような知らないやつに殺させるぐらいなら俺が殺してあげたかった。ありがとうと、俺を守ってくれてありがとうとそう言ってやりたかった。俺は血だらけの床に気にもせず座り込む。

誰か、俺の涙を止めてくれ。


「うあああああああああああ!!!うっ、うううううううううう!!どうして、どうしてええええええええ!!うぁぁぁぁ……」

「……」


どれほど泣いたのか分からない。謝罪、怒号、それはどんな言葉で表した涙だったのだろうか自分でも分からない。ただ、そんな俺の無様な姿を憐れむように見ていた一人の化け物はただただ悲しそうな顔をしていた。

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