第26話 君と過ごす幸せの時間
日が暮れて、空には星が輝き始める。
あのあと、一度自宅に戻った私は準備をして、役場に向かい課長と一緒に南が丘園地へと向かった。用意しておいたブルーシートをなるべく隙間ができないように敷き詰めると、端をしっかりとペグで打ち付ける。座ったり、寝転んだり、それからブルーシート以外の場所に立ってもらうのもいい。来てくれた人が思い思いの格好で、空を見上げてくれれば……。
7時を過ぎると、車の音が聞こえ、送迎車に乗った参加者の人たちが集まり始めた。薄暗かった辺りが真っ暗闇になる頃には、全ての民宿・ホテルから参加者が集まっていた。
「ブルーシートを用意しましたので、座ったり寝転んだりして見たい方は靴を脱いでお上がりください」
私が呼びかけると、小さな子ども連れの家族がブルーシートの上へと向かう。カップルは少し離れたところで寄り添うようにして立ち、若い女の子たちはブルーシートの上に寝転んだ。
「それでは、皆さん一度目を閉じてください。私が、カウントしますので、0になったら夜空を見上げてくださいね。3・2・1……ゼロ!」
「わああああ……!!」
あちらこちらから歓声が上がる。ライトも何もない、真っ暗な空間に満天の星空が広がっていた。
「綺麗……」
感嘆の声に、私はホッと胸をなで下ろし、お客さんたちから少し離れたところへと向かった。
ここから先は、お客さんたちだけの時間だ。プラネタリウムのように星の話や星座の形について話した方がいいのではないかと悩んだこともあった。でも、この星空を、満足いくまで見て欲しくて、余計なことは全てなくした。
でも、それでよかったんだと思う。この場所に私の説明なんかが入ったら、それは無粋なだけだから。私の場所からお客さんたちの表情を見ることはできないけれど、漏れ聞こえてくる声はどれも楽しそうで、満足そうだった。
「うまくいったな」
「はい」
いつの間にか隣に立っていた課長が、囁くように言った。その声が、どこか弾んで聞こえて、私は初めての星空ツアーの成功を確信した。
最初の星空ツアーから2週間が経った。概ねうまくいった。とはいえ、トラブルがないわけではなかった。風が強く、ブルーシートが飛ばされたこともあった。あとは、雨だ。小雨が降り、1時間ほどズラして行ったときもあったけれど、1度は完全に雨の日で中止にせざるを得なかった。お客さんには星空ツアー分の料金の返金と、翌日のドルフィンスイムの無料券をプレゼントしたが、課題として残った。理想としては、雨の日でも何かできることがあれば、と思うのだけれど……。
とはいえ、それ以外に目立ったトラブルもなく、星空ツアーは順調に回をこなしていった。
「北斗―。電気が切れたよー」
「買い置きあったか?」
「納戸にないかな?」
そして私たちも――。ドタバタしつつも相変わらずの日々を過ごしていた。
仕事帰りに二人で晩ご飯を作ったり、テレビを見て一緒に笑ったり。何気ない日常が、こんなにも幸せなんだと初めて知った。
「これか?」
「そうそう、ありがとう」
椅子の上に立って電球を取り外そうとした私は、突然身体がふわっと浮くのを感じた。
「きゃっ……! な、何するの!?」
「俺がやる。いつかみたいに落ちたら困るからな」
何でもない顔をして私を椅子から下ろすと、北斗は代わりに電球を変え始める。
北斗のこういう何気なくした行動に、私はいちいちドキドキさせらされる。
これじゃあ……。
「私ばっかりドキドキしてるみたい……」
「何か言ったか?」
「別に……っ」
慌てて否定しようとした私に切れた電球を手渡すと……そのまま北斗は私を抱きしめた。
「なっ……」
「ドキドキしてるのは、俺も一緒だよ」
「っ……聞こえて……」
「当たり前だろ。あんなデカい独り言、聞こえないわけがない」
「もう!」
そう言って笑う北斗を押しのけようとするけれど力で敵うわけもなく……仕方なく抗うことをやめて、私は北斗の胸に顔を埋めた。
北斗の心臓の音が聞こえる
トクン……トクン……。
バラバラだったお互いの心臓の音が、次第に重なり始めるこの瞬間が、たまらなく好きだ。混ざり合って一つになったようで……。
こんなふうに穏やかな日常が、このまま続いていけばいい。例え北斗に過去の記憶がなかったとしても、一緒に過ごす一日一日が北斗の新しい過去になれば、きっといつか北斗の心の隙間も埋まるはず。
もうどちらの心臓の音か分からないそれを聞きながら、私はそんなことを考えていた。
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