第23話 星空の下で誓いのキスを

「はあ……」


 仕事からの帰り道を、ため息をつきながら私は一人歩く。

 同じ職場から同じ家に帰るのだから北斗と一緒に帰ればいいんだろうけど、何を話したらいいかわからなくて、つい時間をずらしてしまう。

 仕事をしている間は、全てを忘れられるのに……家に帰れば現実が待っている。

 おじいちゃんがいない、現実が。

 ……本当は、そろそろ前を向かなきゃいけないことは分かっている。

 こうやってふさぎ込んでいても、おじいちゃんが帰ってくるわけじゃないことも。

 北斗の優しさに甘えて、こんな態度を取り続けて言いわけがないことも。

 でも、どうしても立ち上がれずにいた。


「おかえり」

「た、だいま」


 そっと玄関のドアを開けると、すぐそこに北斗が立っていた。


「どこか行くの?」

「……遅いから迎えに行こうかと思って」

「そっか……。ごめんね」


 北斗の横をすり抜けようとする私の腕を――掴まれた。


「な、に……?」

「……話があるんだ」


 真剣な表情で、北斗は言った。

 そのまま手を引かれるようにして縁側へと連れて行かれる。

 何の気なしに空を見上げると……今日もたくさんの星が光り輝いていた。

 隣に座る北斗の顔をそっと盗み見ると、真剣な表情のまま無言で座っていた。

 もしかしたら、と私の心をよぎる。

 北斗は、私に愛想をつかしてしまったのかもしれない。

 ずっとあんな態度を取っていたんだもん、愛想を尽かして当たり前だ。


「っ……」


 心臓が、ギュッと痛くなる。

 北斗が去って行ったとしても、仕方がないと思えるような態度を取ってきたのは私自身なのに……いざフラれるとなると、こんなにも苦しいなんて、なんて自分勝手なんだろう。


「あの、さ……」

「うん……」

「――結婚式、しようか」

「え……?」


 想像していた言葉とあまりにも違い過ぎて、一瞬何を言われたのか理解できないでいた。

 結婚式? 誰の? 誰と? え……?


「……別れるんじゃ、ないの?」

「は? 誰がそんなことを?」

「違うの……私が、そう思っていただけで……。その、てっきり愛想を尽かされたんだと……」


 怪訝そうな表情で北斗は私を見る。

 慌てて否定すると……北斗は、笑った。


「なんだそれ。別れるわけがないだろ」

「北斗……」

「……今回のことでさ、思い知らされたんだ。お前にとって、俺の存在っていうのがまだまだ全然だなって」

「そんなこと……!」

「いや、いいんだ。仕方ないことだしな。出会ってまだ数か月のやつより……そりゃあ――」


 違う! と、言いたいのに、北斗の表情がそう言わせてくれなかった。

 代わりに……。


「だから俺は、明莉と夫婦になりたい。気持ちの上だけでなく、結婚式をしてちゃんとした夫婦に。幼馴染にはなれないけど、明莉にとって一番近い人間になりたい」

「ほく、と……」


 北斗は小さく笑った。


「ここ数日、ずっと考えてて。結局、俺は司にずっと嫉妬してたんだと思う。明莉のことをよくわかってて、何かあったら力になれて、明莉にも頼られて……。どうやったら明莉にとって、司以上の男になれるんだろうってずっと考えてた」

「そんな……」

「明莉」


 北斗が、真剣な表情で、私を見た。縁側を風が吹き抜けて、北斗の前髪が揺れる。その奥に、まっすぐに私を見る北斗の瞳があった。


「ただ、俺には戸籍がない。だから正式な夫婦にはなることができない」


 そうだ……。北斗がこの島に来た頃、おじいちゃんや大貫さんが北斗の身元を調べてくれていた。

 乗船者名簿や警察庁が公表している行方不明者公表資料まで。

 それでも……北斗の過去は、わからないままだった。


「でも……」


 そう言うと、北斗はポケットから何かを取り出した。

 それは……この間おじいちゃんが渡してくれたのとはまた別の小さな箱だった。


「それでも、俺は明莉と一緒にいたい。家族になりたい。じいちゃんの分まで、俺が明莉のそばにいる。俺が明莉を守るから」


 箱の中には、きらりと光るリングが二本入っていた。


「これって……」

「じいちゃんのくれたやつは、婚約指輪だろ。だから……これは俺から。悲しい時は、抱きしめてやる。寂しい時はずっと手を繋いでいよう。楽しいことは二人でならきっと倍になる」

「北斗……」


 涙の向こうで、北斗が優しく微笑んでいた。


「ずっと隣にいるから。一人にしないって誓うから。だから……俺と、結婚してください」

「は、い……」


 必死にうなずいた私を北斗はギュッと抱きしめると、耳元で囁いた。


「大事にするから」


 私の左手の薬指に、指輪をはめる。

 その手が、震えている事に気付いて思わず笑ってしまった。


「なんだよ」

「だって……北斗でもそんなふうに緊張したりするんだなって思ったら……」

「悪いか。これでもこの数日、ずっと緊張してたんだからな」

「あ……」


 それで……。

 私が北斗と向き合わないでいた間に、北斗はこんなにも私のことを考えてくれていたんだ……。


「俺にも、はめてくれる?」

「え……?」

「結婚式では、指輪は交換するもんだろ?」


 北斗の手から指輪を受け取ると……私は、それをそっと北斗の薬指にはめた。

 そして私たちは……月明かりの下、星たちが見守る中で誓いのキスをした――。

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