第15話 ダメ出しと気まずさ
あの日から数日が経った。北斗にお願いした各所の立て札は順次新しいものに変更されていっている。最初は渋い顔をしていた島の人たちも、今では新しい地図の方がわかりやすい、なんて立て札の前で言っているのを見かけた。
私はというと、仕事の合間を縫って島の中を歩き回っていた。
そんなある日の朝、私がおじいちゃんの部屋を覗くと、すでに漁に行ったのか姿が見えなかった。
と、いうことは今家には北斗と二人きりだ……。
そして……ご飯の準備をしていると、北斗が台所へとやってきた。
「明莉、あの……」
「ご、ごめん。今日急ぐから……いってきます」
「お、おい――」
何か言いかけた北斗の言葉を聞かずに私は家を飛び出してしまった。
はぁ……と重いため息を何度もつきながら役場に向かうと、私はどこか上の空で仕事をこなす。そんな私の態度にどうかしたのか、なんて司や課長が声をかけてくれるけれど苦笑いを浮かべることしか出来ない。
あの日から――北斗とはいつも通り……とはいかないまでもそれなりに過ごしていた。
同じ家に住んでいるから無視するわけでもなく、話しかけられれば返事はするし、同じ時間を過ごすことも多々ある。
でも、北斗に話しかけるのを一瞬躊躇ってしまう私がいた。この間まで何気なく触れていた北斗の腕や肩にも今では不自然なほど触れることができない。
そのたびに北斗が困ったような顔をするのに気付いていないわけじゃなかった。それでもあんな話をした後で――何もなかったかのようにできるほど、大人にはなれなかった……。
けれど、いつまでもこんな状態ではダメだ。私は重い気持ちを振り払うとパソコンを開いた。ようやく完成した企画書。今日こそは課長に見てもらおう。そう思って作った資料をプリントアウトすると、課長の下へと向かった。
「課長、すみません」
「どうした?」
「見てほしいものがありまして」
「んー、じゃあ会議室行くか」
課長の後をついて行くと北斗のいる会議室の前を通った。シンとするその部屋にはどうやら誰もいないようだ。まだ家にいるのか、それとも今日は直接修繕に向かうのか……。
考えないようにしようと思えばするほど、北斗のことを考えてしまう。
「七瀬?」
「あ、はい」
ドアを開けて不思議そうに私を見る課長の下へと小走りで向かうと、失礼しますと会議室へ入った。
課長の前にプリントアウトした資料を広げると、私は説明をはじめた。
「この島の天然のプラネタリウム。これをメインに星空ツアーを企画しました」
「星空ツアー、ねえ」
「はい。私たちにとってはあたりまえになっているこの島の星空も、本州の人にはプラネタリウムぐらいでしか見えないものだと教えてもらいました。そこで……」
「でも、わざわざ星空のために旅行する人がいるかな」
「そ、れは……」
「たとえば、他に観光施設があるならそれのついでに見に来ることはあるかもしれない。でも、そんなものこの島にはないよね?」
「イルカと泳げます……」
課長の言葉に、最初の勢いはどんどんと沈んでいく。星空を見るために、この島に来てくれる人がいるかどうか……。きっと来てくれると思う。でもその根拠はと聞かれると答えられない。
「なら、最初からイルカをメインにした方がいいんじゃないの? でも、イルカは今も推してるし、どれだけ観光客が増えるか……」
「……そう、ですね」
ギュッと手のひらを握りしめて俯いた私に、課長はため息をついた。
「誤解しないで欲しいんだけど、七瀬の企画を何が何でも潰したいなんて気はないんだ。ただ、役所として企画をするのであればそれなりの根拠がいる。これを企画する費用だって、全て税金で賄われるんだから。……それぐらい、わかるね」
「はい……」
「たとえば……この企画を通すのであれば、成功例が欲しい。星空だけでどれぐらいの人が来てくれるか。それに星空を見た後は何をするの? 来て、夜まで時間潰して? 星空を見て次の日に帰るの? それって本当に楽しい?」
「それ、は……」
「そういうのをね、ちゃんと考えてきて欲しいんだ。企画を考えるってことはそういうのも含めて考えるってことだからね。あとは、決行人数。この島の民宿の宿泊人数を出して、公平になるように各民宿に振り分ける必要もあるよね」
そこまで聞いて、私は顔を上げた。
課長が今言ってくれていることは、全て、私の企画を通すためのヒントだった。私の企画に足りないところを、課長は教えてくれている。
「ま、待ってください! メモします!」
「遅い。企画、立てたいんだろ? この島に観光客を呼びたいんだろ? それなのに、そんな顔してしょんぼりしてる暇なんてあるのか?」
「ないです!」
私は、A4用紙にさっき課長に言われたことを書き出した。もしかしたらまだ足りないことはたくさんあるのかもしれない。でも、それでも絶対に不可能な企画じゃないんだ。
私はこれからどうするべきか書き出した用紙を手に、会議室を飛び出した。
肩をポンと叩かれて、終業時間を過ぎていることに気付いた。資料を作り直したり、補足のデータを入れたりとしているうちに、ずいぶんと時間が経ってしまっていたようだ。
もう一度、時計に視線を向けると私はため息をついて席を立った。
「はぁ……」
今日、何度目かのため息をつきながら、私は重い足取りで家への帰り道を歩く。北斗の顔を見るのが、辛い。
こんなことなら好きになんてならなければよかった。気付かなければよかった。そうしたら普通の顔をして今も隣で笑っていられたのに……。
「帰りたくないなぁ……」
足は自然と海へと向かう。
真っ赤に染まった水平線の向こうには、夕日が沈み始めていた。
――この海の向こうに、きっと北斗を待っている人がいる。
いつか北斗が帰る場所がある。
だから……。
「うん、そう……そうだよね」
いくらこうやって思い悩んだところで、いつか帰ってしまう人なのは最初から分かっていたじゃない。
だから、伝えても仕方がないって、好きでいるだけだって、そう思っていたじゃない。
なのに勝手に傷付いて……避けて……何やってんだろ、私……。
「……バカみたい」
帰ったら、北斗に謝ろう。それで、前みたいに笑って一緒に晩御飯を食べるんだ。
そうと決まったら、早く帰らなくっちゃ。
私は沈む夕日を横目に見ながら、自宅への道のりを急いだ。
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