第13話 ヒントと星空

 翌日、コンコンと会議室の扉を叩くと中から「はい」という聞き慣れた声が聞こえてきた。どうやら今日はいるようだ。私は扉を開けて、隙間から部屋の中を覗き込んだ。


「明莉?」

「北斗、今ちょっといいかな?」

「どうした?」


 北斗は長机の上に広げた紙をノートに貼りながら何かを書き込んでいた。あんなにたくさんあった目安箱の中身はずいぶん減ったようで、北斗がどれだけ頑張ったのか伝わってくる。

 忙しそうだし、どうしよう……。躊躇う私に、北斗は机の上を片付けると、目の前の椅子に座るように促した。


「なんかあったのか?」

「あの、ちょっと相談に乗って欲しいことがあって」

「俺にできることだったら」

「ありがとう!」


 私は,プリントアウトした資料を机の上に並べる。それは、この島のHPを印刷したものや島外の人に向けての観光案内だった。


「ここにあるのが私の思うこの島の特色とかアピールポイント。で、こっちが島外の人が目にするものなの」

「ああ、これなら俺も見たな」

「え、いつ!?」


 もしかして、記憶を失う前の話なのだろうか。私は思わず机から身を乗り出す。けれど、北斗の答えは私が望んだものとは違っていた。


「この間、明莉がこの島の観光客を増やさなければいけないんだーって息巻いてたあと」


 パラパラと持ってきた紙をめくりながら北斗は言う。何でもない口調だけれど、それは、つまり……。


「私がああやって言ってたから、気にしてくれてたってこと?」

「……別に。どんなもんかなーって思って見てただけだよ」

「それでも嬉しい! ちなみに、北斗から見てどうだった?」

「それより、明莉はどう思ったんだよ」

「え?」

「これだけ資料を作ったんだ。気付いたことの一個や二個あっただろ?」


 北斗は私の方に紙を差し出しながら言う。気付いたこと……。私はもう一度、資料に目を落とすとおずおずと口を開いた。


「もっと、良いところなのにって思った」

「具体的には?」

「椿の花は実際、木に咲いているところのほうが綺麗だし、イルカだって一緒に泳いだときの嬉しさとか可愛さが十分の一も伝わってない気がする。ご飯ももっと美味しくて……」

「じゃあ、それを伝えるにはどうしたら良いと思う?」


 どうしたら……。

 手っ取り早いのはテレビで放送してもらうことだろうか? そうしたら、イルカが動いているところなんかも見てもらえるし。でも、そのテレビを見た人以外には伝わらない。それじゃあ意味がないのだ……。


「たとえば、イルカと一緒に泳いでいる映像をHPに埋め込んだりもできるだろ」

「たしかに!」

「それから、椿は……たとえば、椿が咲く山で撮った写真なんかがあれば載せるとか。いろいろできることはあると思うよ。あと俺が思ったのは――星空かな」

「星空?」


 星空というのはあの夜に見える星空だろうか? あんなもの日本中どこでだって見えるんじゃあ……。私の疑問に、北斗は口の端を小さく上げて笑った。


「そう思うのは、この島に住んでる明莉だからだよ。都会では星空なんて見えないんだ」

「嘘だー」

「本当だよ。プラネタリウムにでも行かない限り、あんな満天の星空見ることはできない」


 北斗の言うことが信じられなくてケラケラと笑う私に、北斗はやけに自信満々に言う。そんな北斗に違和感を覚えて、私は長机を挟んだ向こうにいる北斗に尋ねた。


「ねえ、北斗。それは知識として覚えているの? それとも……何か思い出したの?」

「……わからない。でも、この島で目が覚めて、ボーッと夜空を見ていたときに、満天の星空が目に入ったんだ。そのときに『ああ、こんな綺麗な星空を見たのは初めてだ』って思った。だから、きっと記憶を失う前の俺は、あんな星空を実際に見たことはない。――と、思うんだ」

「そうなんだ……」

「さっき言ってたことをするのはもちろんだけど、星空を使って何かできたらいいと思うんだよ」

「何かって?」


 思わず口走った私に、北斗は呆れたようにため息をついた。


「それは、お前が考えることだろう」

「そうなんだけど、そこまで言うには何か考えがあるのかなって」

「あったとして、それを俺に教えてもらって明莉はそれでいいの?」

「う……」


 北斗の言葉が正論すぎて、私は黙り込むことしかできなかった。たしかに、それでもし観光客が増えて、私の課題がクリアされたとしても、それは私の仕事に対する結果ではないのだ。


「嬉しくない、です」

「だろ? まあ、なんか俺に協力できることがあればしてやるよ」

「……北斗って、優しいんだね」


 ポツリと呟いた私に、北斗は一瞬変な表情を浮かべたあとで、ふっと笑った。


「明莉には世話になってるからな。そのお返しってわけじゃないけど」

「お返し……」


 世話になってるなんていっても、おじいちゃんと二人暮らしだった私にとって一人分ご飯が増えることも、洗濯物が少し多くなることもたいした負担ではなかった。それにおじいちゃんと二人だけの時よりも家の中が明るくなったぐらいだ。


「そんなの気にしなくて良いよ」


 そう言った私の言葉に、北斗は困ったように笑う。その笑顔に、なぜか胸がちくんと痛むのを感じた。

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