2カオス 『ペスト』語り手のためらい
「書くこと」について私の感じたこと。
Web作家を自称しながらもここ数ヶ月というもの、私はほとんど小説を書けていません。こうしたエッセイのような文章は書けますが、小説となると途端に筆が進まなくなるのです。
それは小説を書くことに対してためらいがあるから。ためらっているからです。書きたいことは私の中にあるのですが、それを書き切る技量に不安があるのでなかなか書き出すことができません。
稚拙な腕で中途半端な小説にしてしまうくらいなら、私の頭の中でそっとしておきたい。その方が私の中で輝いているその物語の形を変えずにすむから。一旦自分の手で小説にしてしまうと、自分の中にあったときの輝きが消え失せてしまいそうだから。そしてそれは私にとって、とてもとても残念なことだから。そんな不安が私に小説を書くことをためらわせています。
実は、こんな私の気持ちを基に「小説を書く不安について」描いたのが、いまもカクヨムに上げている『わたしの欠片』という小説です。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889685211/episodes/1177354054889685470
おかげさまで『わたしの欠片』は高く評価していただいてますが、読み返してみると、「書かなくちゃ」「わたしは書くんだ」という決意表明としての物語は描けたのですが、「書けない」苦しさや「書いていいのだろうか」というためらいについては、ほとんど描くことができなかったなと、結果的に自分の力不足を感じる小説になってしまいました。
次に書く小説は、少なくとも『わたしの欠片』を超えるものにしなければならない。そんなプレッシャーが、私を自縄自縛に陥らせているのかもしれません。
そんなこんなあって、最近の私は「書くとは」とか、「どうやって書くか」とか、そんなことばかり考えていて、小説を書こうにも、考えつくのは「小説を書く人を描く小説」ばかり。どうも私は書くことに取り憑かれてしまったようです。
そこで困ったのが、いままで小説を書く人を取り扱った小説を読んだことがなかったこと。まあ、読んだことがないだけで世の中にはあったのでしょうが……。
そうした小説が「ない」と思い込んでいたものだから、「小説家が小説を書くことの苦労や悩みを小説に描く」というのはジャンル的にNGなのではないだろうか、小説を書くことではなくて、なにか別の芸術的な行為や専門的な仕事に仮託して、小説を書くことを描かなくてはならないのではないかと、うじうじ考え続けてきました。
そんなときに読んだのが、先日このエッセイに書いたNHKテキスト『100分de名著 アルベール・カミュ ペスト』でした。
このテキストで取り上げられているカミュの小説『ペスト』には、グランという人物が登場します(小説自体は未読なのでするようですというべきでしょうか?)。グランは役所勤めのかたわら、小説を書くことに熱中している小人物として描かれます。ところがその小説は完成するどころか、冒頭の一文だけをいつまでも書き直し続けているという代物でした。
どうでしょう。まさに私のことです(笑)
そしてまた、カミュ自身のことでもあるのに違いありません。
『ペスト』には、グランのほかにも、新聞記者のランベールという人物が登場しますし、この小説自体が、登場人物のひとりである医師、リウーの手記という形をとっています。『ペスト』という小説そのものが、ペスト感染という災厄にさらされた登場人物たちが次々と理不尽な死に直面するという不条理の世界を舞台に、作者カミュ自身の抱いた「書くこととは?」そして「なぜ書くのか?」という疑問に対する回答として描かれた小説ともいえるのです。
書くことに迷っていた私が受けた衝撃の幾分かでも分かってもらえるでしょうか? 私はこのテキストを読みながら困ってしまいました。涙があふれてきて止まらなくなったからです。
――なんだ。書けばいいんじゃないか。
そう。迷っているくらいなら、思うがままに書けばよかったのです。グランが、ランベールが、リウーが、そしてカミュが原稿用紙を前にそうしたように。
霧のかかっていた視界がすっと晴れたような瞬間でした。
☆☆☆
「不条理」の作家、アルベール・カミュは、フランスの小説家、劇作家、哲学者です。1957年、史上二番目の若さでノーベル文学賞を受賞しました。
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