第三幕 組織の掟 Ⅵ
浅草から駒場への帰り道、俺と先輩は終始無言だった。先輩は家に着くまでの間中、俺の背中に体を押しつけてきていた。
俺達の関係にふさわしい答えは、きっとどこかにあるはずなのに。……俺も先輩も、それを探し出せずにいた。
先輩を後ろに乗せたまま、バイクで夕暮れの
「……ん」
先輩の甘い息が、秋の風に溶けるのを感じる。
西の空には、昼のなごりが薄明るいしま模様を作っている。全てを赤に飲み込みそうな
「ただいま帰りました」
先輩がそう言って、的場邸の玄関を開ける。そしてそのまま、俺のほうをチラリとも見ずに二階の自室へと駆け上がっていった。
タスキをかけて夕食を作っていた的場先生が、いそいそと玄関に出てくる。
先生は俺の表情から何かを読み取ったのか、俺に向けて問いかけた。
「……なんだ貴様ら、喧嘩でもしたのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
「そうか。ならひょっとして、佳奈子に
「それはいつものことです。今さら気にしたって……」
先輩のセクハラをナチュラルに受け入れている自分に気付き、俺は少しブルーになった。
先生はアゴに手をやり、
「……ふむ。まあ、女というのは見栄と感情と夢想で動く生き物だ。アレもじきに機嫌を直すだろう。食堂でテレビでも見て、夕飯ができるのを待っていろ」
「分かりました。参考までにお伺いしますが、男はなにで動くんですか?」
「プライドと理屈、そして理想だ。例外ももちろんあるが、当てはまるケースは多い。覚えておいて損はないぞ」
先生はそれだけ言うと、ははは、と笑いながら
夕食が始まったが、佳奈子先輩は言葉少なに料理を口に運び続けるだけだった。俺が話しかけても生返事しかせず、まるっきり上の空だ。
気まずい空気の夕食は、食事を終えた先輩が部屋に引き上げるまで続いた。俺は先輩が機嫌を直すのを待つため、先生と一緒に小食堂でぼんやりとテレビを見ることにした。
「あなたを、犯人です」
洗脳探偵モノのミステリードラマが終盤に差し掛かったころ、来客を告げる呼び鈴が鳴った。時計を見ると、とても常識的な客人が訪れる時間ではない。
テレビに見入っていた先生は舌打ちして立ち上がり、食堂に置かれた電話機を取って内線ボタンを押す。俺は慌ててリモコンを探し、テレビをミュートにした。
「聞いての通り、こんな時間に来客だ。隠れていろ佳奈子。性犯罪の容疑で東京地検特捜部がお前を捕まえに来たのかもしれん」
冗談でもなんでもなく、先生は本気で警告しているようだ。電話を置いた先生はインターホンへと歩み寄り、はい、と短く応対した。
先生は俺にも来訪者の声が聞こえるよう、インターホンのスピーカーをオンにする。そこから聞こえてきた声は、意外な人物のものだった。
「三号か? ――自分だ。
……マ、マジかよ、おい。さすがの的場先生も、驚きをありありと顔に浮かべている。先生は『取りあえずそこで待て』と玄関先に告げ、インターホンを切った。
「ど、どういうことでしょうか?」
「分からん。今度ばかりは、敵の考えがさっぱり分からん!」
先生は頭を抱えながら、一階にある機械警備の管理室へと走っていった。
食事中に先生から聞き出した話によると、このバブリーな屋敷はもともと旧華族だった
親の仕事の都合で札幌で育った加賀軍医という人物は的場先生の中学時代の同級生で、終戦時の人造戦鬼計画の責任者だったそうだ。
平成のころ大往生を遂げるまで独身で、ソ連崩壊に伴って復員した的場兄妹の戸籍やら教員免許やらを世話したのも彼だったという話だ。
この屋敷は並の兵力では歯が立たないほどの機械警備で守られているが、それは加賀軍医の趣味で作られたシステムだという。……的場兄妹と同様、彼も相当の変人だったようだ。
俺が小食堂で待っていると、先生が息せき切って戻ってきた。
「管理室で確認してきたが、間違いなく杉原三尉だ。制服は着ているが、スキャンしたところ丸腰だな。どうやら戦いに来たわけではないらしい」
先生は電話機の内線ボタンを押し、下に降りてくるよう先輩に告げた。
「いいか牧原。これから奴を屋敷に迎え入れるが、油断するな。残念ながら私の見たところ、今の佳奈子は戦力にならん――」
いつになく緊張した先生の言葉に、うなずきで返す。先生はごくりと唾を飲み込むと、インターホンの受話器を持ち上げた。
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