第三幕 組織の掟 Ⅰ

東京都目黒区駒場四丁目 的場邸

令和五年十月五日(木)午前八時


「……っ」

 朝の陽射しがまぶたを突き刺し、目を覚ます。フラッシュをたいたような光に、今日が晴天ピーカンなのだと知らされた……って、

 昨日の出来事を一息に思い出し、俺は事態を把握する。慌てて横に眠る先輩に手をやり、揺り起こした。

「先輩、先輩、起きてください」

 佳奈子先輩は俺の隣で、すうすうと可愛い寝息を立てていた。俺も先輩も、いつの間にやらパジャマに着替えさせられている。先輩の安らかな寝息は、昨日受けた傷がすでにえていることを物語っていた。

 時計を見ると、もう八時だ。この分だと遅刻は確実だな。まあ、昨日の今日で律儀に登校するほど、俺も真面目な学生ではないのだが……。

 どうせ姉貴は職務を放棄して失踪中なので、叱られることもない。俺達を起こしていないところを見ると、的場先生も黙認してくれたようだ。恐らく昨夜は、先生が俺達を的場邸まで運んでくれたのだろう。

「……ん。おはよ、潤……。ちゅ……」

 ムニャムニャと寝ぼけながら、俺に絡みついてキスしてくる先輩。ま、まったくこの人は、毎朝毎朝……!

 先輩はいつものように遠慮なく、俺の口内を磨くようになめ回してくる。しばらくしてやっと目を覚ました先輩は、まぶたをこすりながら俺を見つめてきた。

「あ……潤、あなた、昨日……!」

 事情を飲み込み、自分たちが無傷であることに気付いて目を見張る先輩。

「や……やっと気付きましたか。おはようございます」

 俺は一息つくと、先輩の手を取ってよいしょと引き起こした。先輩は震える手でぺたぺたと俺の身体を触りながら、どこにも異常がないかを確認してくる。

「おかげさまで、無事です。先輩も」

「よかった……。本当によかった……!」

 先輩は鼻声になりながら、俺をぎゅっと抱きしめてきた。温かい体温と先輩の甘い匂いに、少しだけ心臓が跳ね上がる。

「ちょ、ちょっと先輩……」

「潤……ありがとう、わたしを守ってくれて……。潤も立派な男の子なのね……」

 俺は純度100%の男の子だ。何を当たり前のことを言っているのだろうか。俺を男のにして楽しんでいたのは、先輩だけだ。

 感きわまった先輩は、俺の顔のあらゆる場所にキスの雨を降らせてくる。少し恥ずかしかったけど、俺はおとなしく先輩のしたいようにさせてみた――


 しばらくして落ち着いた先輩は、昨日の顛末てんまつを俺に訊ねてきた。

「先輩が気絶したあと、少しだけですけど俺も覚醒しました」

「覚醒って……鬼の力が?」

 俺は無言でうなずき、続ける。

「結局、姉貴は俺を見逃して『零号を打倒しろ』と」

「つまり……わたしたちに、の戦後処理をていよく押しつけたわけね」

「まあ――言いかたは悪いですが、そうなりますね。杉原三尉は裏切った姉貴を消そうとしましたが、先生が加勢にやってきて姉貴を逃がしてくれました。杉原三尉も形勢不利を見て取って撤退。それで昨日はお開きです。あ、それと杉原三尉の正体は人造戦鬼一号だそうです」

「なるほどね、大まかな事情は分かったわ。ただの自衛官ではないと思っていたけど、そういうことだったの」

 これで、俺が伝えられる情報は大体伝えたはずだ。あとはたぶん、的場先生が詳しいことを教えてくれるだろう。

 パジャマから着替える服がないかと部屋の中を見回すと、見慣れない紙袋が部屋の隅に置かれていた。中からは真新しい制服が顔を覗かせている。きっと先生が用意してくれたのだろう。

「さあ先輩、時間は有限です。して着替えて、さっさと下に行きましょう」

 そう言ってベッドを降り、パジャマを脱ぐと新しい制服に袖を通す。先輩をベッドから引きずり出して着替えさせるのは一苦労だったが、先輩は渋々ながらも従ってくれた。

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