第二幕 国家の罠 Ⅱ

 全身くまなくツルツルにされた俺は、先輩の匂いのするバスローブを着て、先輩のベッドに潜り込んでいた。肌には、優しくスポンジで洗ってもらった感触がまだ残っている。

 昨日の襲撃でズボンがダメになってしまったため、先輩は的場先生のお古を探しに部屋を出て行った。そのまま部屋で待っているように言われたので、俺はこうして二度寝の誘惑と戦っている。天井を見上げながら頭を駆けめぐるのは、先輩のこと――特に、先輩が俺をどう思っているかということだった。

 俺達のこの関係は『戦いが終わるまで』という条件で始まったものだ。だが先輩が俺に一定の好意を抱いているのも、たぶん間違いないと思う。少なくとも、嫌われているわけではない。

 俺のほうも高校に入学してからというもの先輩に憧れていたし、それは頭がピンクな先輩の本性を知った今だって変わらない。だけど――先輩のアプローチが本気なのか好奇心なのか、それとも遊びなのか。それを俺は計りかねていた。

 その時、部屋の扉が開いて先輩が入ってきた。その手には、先輩がいつも着ている黒のセーラーが――って、あれ? ズボンは?

「ごめんなさい、見つからなかったわ。代わりに、潤にとってもよく似合う素敵なお洋服を持ってきたの。リボンはわたしのを貸してあげるわね?」

「な――! せ、先輩。俺は男ですよ!」

 俺が休日でも学ランを着ているのは、ヘタにユニセックスな服を着て女の子に間違えられるのが嫌だからだ。だっていうのに、よりによって俺にセーラーを着せるだって――?

 俺には、コンプレックスが三つある。一つは女顔であること。もう一つは身長が低いこと。そして最後は、高一にもなるのにいまだに声変わりしていないことだ。先輩は俺のコンプレックスを熟知した上で、的確に俺の自尊心を突き崩しにかかってくる。

「ふふっ、いいじゃない。似合うんだから。ズボンの腰回りを見させて貰ったけど、ウエストはピッタリだと思うわ。あのサイズは女の敵ね。――ああそうそう、あのズボンはもう朝のゴミに出してしまったの。ごめんなさいね?」

 言葉を失った俺に、うわずった声の先輩がそう告げる。既に退路はない。……まずい。これは先輩による精神的調教だ。このままでは、人間として大切な尊厳が色々と失われてしまう――!

「先輩。俺がスカートをはいたら、す、すね毛が見えちゃいます……」

「あら、剃ってあげようと思ったのに、あなた初めからすね毛なんてなかったじゃないの?」

 ……しまった、一生の不覚だ。朝もはよからムダ毛処理……とんでもないトラップだった。俺は無駄にファンタジーな自分の体質を、心の底で呪った。まさかこんなことになるとは思わなかったので、替えの服は肌着だけで私服のズボンは持ってきていない。あのズボンがないと、俺は下着で外に出なければならない……。

「大丈夫よ、お化粧もわたしがしてあげるから。ファンデも、リップも、アイラインも、マスカラも……」

 俺の首筋をペロリと舐め、先輩は俺のバスローブを無理やりはだけさせていった。

「ぁ……ゃぁ……んっ」

「さあ潤子ちゃん、わたしに全部まかせなさい。セーラー服の着かたを、手取り足取り教えてあげるから――」

「か、かんにん……それだけはかんにんして下さい、先輩」

「んふ。ダーメ♪ 自分に素直になってみましょうね?」

 最後の命乞いも失敗に終わり、俺はあえなく同級生に見られたら首をくくりかねない格好へと着替えさせられることになってしまったのだった――。

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